ということは、きっと読んでくださっている皆様にはとっくの昔からご承知置きのことだと思う。
基本的には毎日飲むのだが、最近は体調の悪さゆえに一滴も口にしない日も増えてきた。昨日も書いたが、俺は酒で死ぬのは覚悟しているものの、長く付き合いたいという欲もまだあるので、往生際の悪いことに休肝日なんてものも作るようにしているのだ。
そんな俺だが、体調がどれだけ悪かろうとこんな日だけは絶対に飲む! という日が2パターンある。
それは、とてもよいことがあった日、と、とても悪いことがあった日、だ。
特に後者は飲んだくれる。
傍から見れば荒廃的と思われるだろうが、これには深い理由がある。
悲しくてやりきれないことがあった場合、俺は思想を単純化させるようにしている。
たとえば女に振られた、ならば、それでもまだその子が「好き」なのか「振られたならば諦める」なのか、という具合にだ。そこだけを考えるようにする。
もちろん、事はそう単純ではないから好きだからと言っても諸々付随してくるものもあるだろう。しかし、俺はそれを敢えて切り捨てて、もっとも根本となるところだけを考えるのだ。
そうすれば、今後俺がどうするのかが分かりやすくなるからだ。
しかし。
このブログを読んでくださっている方ならお分かりと思うが、俺は比較的物事を深く考えるタイプの人間だ。周りの友人知人に「そんなに考えなくても…」と言われるほどに。
そんなタイプの俺が単純化しようと思っても、シラフでは上手くいかない。
だが、酒を飲むとそれができる。皆さんも経験があるだろう。飲むと色んなことがめんどくさくなるではないですか。自分をよく見せるための嘘をつくとか、思ってもないけど場の空気を壊さないためにおべっかを使うとか、そういうのが煩わしくなるではないですか。
それと同じで、酔うと深く考えることを拒絶するようになるので、単純化させやすいのだ。
これは言い訳や後付ではなく、俺はそのために必ず酒を飲むようにしている。
そして、本質、根っこの部分だけを考える。
そうすれば進むべき道が見えてくる。
どれだけ悩んでも、どれだけ悲しくても、どれだけ辛くても、根っこの部分でまだ諦めたくないのならば、その気持ちに素直になって進めばいいと思うのだ。
逆に、もう諦めようと素直に思ったのであれば、それはそれで正しいのだろう。それならばまた素直に新しい道を探せばいいのだ。
誰にでも出来そうで、でもやっぱり過去の経験や未来の予測をしてしまい出来ないこと、それが思想の単純化だと思う。
俺は酒の力を借りることで、それを行える。
人生で何度酒に助けられてきたことだろう。
だから、俺の酒に女やツレはいらない。マイペースな一人酒こそが最高の飲み方なのだ。
昨日も今日も飲んだ。問題の根っこを考えた。進むべき道を決めた。それでよいのだ。
うまくいってもいかなくても、自分が選んだのだから後悔などするはずもない。
お酒よ、今夜もありがとう。