あのふたつの記事はどちらも2013年4月に書いたものだ。
俺は俺なりに波瀾万丈な人生を歩んでいるつもりだが、その筆頭のような1日を超私的ドキュメンタリーつもりで書いた記憶がある。
メインの話に添えたSKEのライブの話にはわずかながら脚色を加えたものの、あの1日、そして駄菓子屋での再会については記憶している通りに書いた。だから基本的にはすべて本当の話だ。
事実は小説よりも奇なり。まさしくそんな1日だった。
あの記事を書いてから5年という時間が経過したが、今でも本当によく覚えている。というか、モテない男の悲しい性なのだろうか、好きな女性絡みのエピソードはいずれもしっかりと記憶されているのだ。
俺はTさんとの関係について、2つ大きな後悔をしている。在学中に告白しなかったことと、駄菓子屋で再会した時にケータイの番号を聞き忘れたことだ。
前者については、正直勝算はあった。だからこそ油断があった。いつでも告白すれば恋人になると思っていた。だから告白しようと思うたびに「次の機会でいいや」と先延ばしてしまったのだ。
告白しようとしたビッグイベントは2つ。ギターを演奏した高校3年の文化祭と、最後のチャンスであろう卒業式だ。しかし文化祭は親も呼んだため二人きりになるタイミングがなかったし、卒業式では姉御肌の同級生とTさんの話(付き合った? 告白しないの? 的な話)をしているうちに、彼女が帰ってしまったのだ。
臆病すぎる性格に色んなアクシデントが加わると、上手くいくものもいかなくなる、ということが教訓だろうか。
後者については、喜びまくっていたら聞き忘れてしまった。何のために駅まで向かったのか。何のために友だちが気を利かせてくれたのか。本当にもったいないことをしてしまった。
男性不信の彼女だが、もっと言うと人間不信でもあった気がする。だから、女子同士でもそこまで心を許していなかったような印象がある。
そんな中、若気の至り的な勘違いかもしれないが、俺にはある程度心を開いてくれていたような気もする。
2人ともとても臆病で奥手で恥ずかしがりだったので発展することなく終わった恋だったが、それでも始まらなかった分、悪感情なく終わった恋でもあるので、今でもめずらしく素直に甘酸っぱく思い出せるのだ。
俺はTさんとの恋を経て、そして2年弱のアイルランド生活を経て、色々変わった。その中の小さな変化のひとつが、好きな人には好きと言う、というとても当たり前のことだった。
今では誰かを好きになること自体がないが、直近では2年前の恋まで、俺は俺なりに奥ゆかしくも分かりやすいアプローチを見せるようになった。これはTさんとの恋が中途半端で終わったことから学んだ教訓だった。
17歳に始まり、何もアクションすることのないまま19歳で終わった恋だが、それゆえに今でもポジティブに思い出せる不思議な恋。
人生にひとつくらいそういうものがあってもいいだろう。37になった俺は、今あらためてそう思っている。
願わくば、Tさんが今、幸せであるように。そして、心の片隅の奥の奥に、竹村くんという臆病者が今でも棲みついているように。