ちょっとマジメに書こうかな。
よく言われる不況。
これは東京オリンピックで
多少なりとも改善されるでしょう。
どう見たって金は動くし
日本に足りない外貨だって
どんだけコンパクトに実施したところで
平常時よりは入ってくるんだから。
だけどね、音楽と出版。
俺に身近なこの2つの業種には
残念ながらほぼほぼ影響はないでしょう。
俺の意見では、どちらの不況もね
原因の一端はまったく同じものなのよ。
それは「ユーザーの意識」。
どっちもね、インターネットの普及で
簡単に無料で手に入るようになった。
前にも書いたことがあるけど
プロが作成したものには対価を払う
それが当たり前なんだけど
今はその当たり前が崩れちゃった。
新聞の文章も歌手の音楽も
ポータルサイトや動画系サイトで
簡単に無料で手に入っちゃう。
それがどの程度影響したかは知らんけど
対価を払うという常識を
ぶっ壊したことだけは事実だ。
今はいいよ。
昔得ていた対価で若干の余力が残ってる。
でもこれが続いたらどうなる?
一円にもならない音楽や文章を
作りたい、書きたいって奴だけ残る。
要するに職業じゃなくて趣味として残る。
そうなっちゃったら
きっと、つまらないものだらけだよ。
職業は対価を得て報酬を得る。
だからこそ、そこに責任が産まれる。
俺もそうだけど、たとえばブログは
基本的に金なんか得てないし
見る人も金を払わず読んでるから
いい加減に書いてるし
それでいいものなんだよな。
ただの趣味だから、意思さえ垂れ流してれば
それで目的は完遂してるんだよ。
だから語調も語尾も何も統一してないし
誤植もよほどでなければ直さない。
それでいいんだよ、こんな駄ブログは。
だけど、仕事にしてる雑誌の原稿は
当たり前だけどもっとしっかり書いてる。
俺は別に文章の専門家じゃないし
専門の高等教育を受けたわけでもないから
頑張ってもたかが知れてるけどさ。
それでも、責任を感じながら書いてる。
それがなくなるんだよ。
金にならないなら、ね。
ポータルサイトで新聞の原稿がタダで読める。
そりゃありがたいよ。
でも、それじゃダメだ。
何人か新聞記者の知り合いがいるけど
やっぱり日本語うまいよ。
きちんと勉強して、経験を積んで
やっと身につけたスキルなんだよ。
それに対しては対価を払うべきなんだ。
なのに、ポータルサイトで読んでしまうと
広告料も含めて
その記者にも会社にも一円だって入らない。
何度でも言うよ。
そんなの絶対に間違ってる。
そしてこれは
文章を音楽に
記者を音楽家に
ポータルサイトをYouTubeやニコ動に
変換したらまったく同じなんだ。
皆がお金ないんだもん。
無料で、しかもそれが犯罪でないもの
そんなのがあったら飛びつくよね。
それも当たり前。
責める方が間違ってる。
問題はユーザーにあるんじゃなくて
ポータルサイトのような
他人のふんどしを相撲を取ってる連中だ。
でもさ、俺ら大人はいいよ。
まだ本や音楽は買うものっていう
認識があるからね。
でもガキの頃から、この状況が当たり前なら
誰が文章や音楽に金を払うかな?
人間はラクを覚えたら
中々元に戻れないよね。
まして、それが当たり前だったら…
嗚呼こわい。
ブロはプロであるために
色んな所に気を使って、金も使って
クオリティを維持してるんだ。
音楽なら機材とかね。
楽器はもちろん、録音機器だってそう。
素人がDTMで遊んでるような
そんな音で満足してるようじゃダメなんだよ
プロであるなら、ね。
趣味ならいいんだよ。
どんな音でも自分で作った音が
1番かわいいのもよく分かってる。
上手い・下手と、好き・嫌い
そして愛着の深さは比例しないから。
でもプロはそうじゃない。
自己満足かも知らんけど
それでも作品として世に出すんだもん。
簡単に妥協なんかできるはずないよ。
たださ、若い子も大変だよね。
俺らの時代より圧倒的におもちゃが多いもん。
金さえあれば何でもできちゃうし
その金を稼ぐのも
バイトすりゃいいだけだもんね。
俺が高校生の頃はバイトなんか
新聞配達とか年賀状配達とか一部を除けば
学校が許してくれなかったもんな。
おもちゃがいっぱいあるってことは
趣味・好みが多様化するってことで
そのまま音楽の好みもバラバラになって
売れる、ということが難しくなるもんね。
羨ましい気もするけど
めんどくせぇとも思うわ。
ただ、これも若い子にとっては
当たり前、の出来事だからね。
特段の違和感は誰も持ってないだろうけど。
ま、そこに対応しきれてない
音楽も出版も、どちらも
プロという観点では失格なんだよね。
自戒せんといかんわな。
ちなみに、この記事は
あくまでもユーザーに対する不満。
作り手に対する不満も当然あるわけで
それは次に書きます。
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