2012年 アメリカ
監督 ラナ&アンディ・ウォシャウスキー、トム・ティクヴァ
主演 トム・ハンクス

6つの時代を生きる、ある共通点がある人の群像劇。

1849年の南太平洋。
義父が奴隷主のユーイングはある船に乗り込み、黒人の密航者に助けを求められる。
その一方病にかかり、船にいる医者が薬を飲ませて治してくれているように見えるが。。。

1931年のスコットランド。
ロバート・フロビシャーはゲイの作曲家だが、この時代ゲイであることは公表できなかった。
既に大作曲家としての名声を得ていたビビアン・エアズに弟子入りをする。
やがてフロビシャーは自ら曲を作り出すが。。。

1973年のサンフランシスコ。
有名なジャーナリストを父に持つルイサ・レイは、原子力発電所に関する陰謀を探っていた。
そしてついにその陰謀に関わって殺されたシックススミスのノートを手に入れたが。。。

2012年のイングランド。
兄にお金を借りようとしたティモシーは、兄が経営する老人施設に入れられてしまう。
そこでは老人達に対して虐待が行われていた。

2144年のネオソウル。
給仕専用クローン人間のソンミは、革命家のヘジュ・チャンによって連れ出される。
ヘジュにクローン人間製造の過程を見せられたソンミはショックを受け。。。

文明崩壊から206年後のある島。
ザッカリーは食人部族に脅えながら生きてきた。
そこへ異星人メロニムが現れ、島の山頂への案内を依頼される。
そこで他の惑星への助けを求めるためだった。
しかし2人が山頂へ行っている間にザッカリーの村は。。。


映画館で見たが、睡魔に襲われて意味不明だったので、再度鑑賞。

6つの物語の共通点は、「隠された真実」と「抑圧からの解放」。
人間はいつまでも同じことを繰り返す。
そして全ての物語が、どこかで繋がっている。因果応報。
各時代の物語が少し進んだら他の時代の話になる、という進み方なので、ちょっと集中力を失うと、分けが分からなくなる。

トム・ハンクスを始め、1人の俳優が違う役でそれぞれの時代に登場する。
それが、分けが分からなくなる一因でもある。
1人にやらせたのは、血のつながりを示したかったのだろうか?輪廻転生?
近い時代の話もあるが。。。

映像は、さすがのウォシャウスキー。
ただ残念なのは、アクションシーンが少ないこと。
やはりウォシャウスキーならマトリックスを思い浮かべるし、マトリックスはアクションシーンがとても印象的だった。

6つの時代を繋げる、集中しないと構成が分かりにくい映画。

その割には長すぎる。。。


2013年 イタリア
監督 フェルザン・オズペテク
主演 カシア・スムートニアック

南イタリアのレッチェを舞台にした、1人の女性の恋愛映画。

大粒の雨が石畳を叩きつける。
バス停で雨宿りをする人々。
混み合う中で、ある女性が足を踏まれたことをきっかけに、口論が始まる。
エレナは、移民差別を平気で口にするアントニオと一触即発状態に。

親友のシルヴィアが、パーティーに連れてきた新しい彼氏、それはアントニオだった。
アントニオの言動はパーティーの雰囲気をぶち壊し、エレナ達はシルヴィアに別れを勧める。

アントニオは懲りずに、エレナ達が働くカフェにやって来た。
カプチーノマシンを修理中だったエレナは、アントニオに説明書を読んでもらうように頼む。
しかしアントニオは字が読めない。
エレナはアントニオを傷つけたことを後悔する。

またアントニオがカフェにやってくる。
ただただエレナを見つめるアントニオ。
後悔の気持ちを抱きながら、アントニオを見つめ返すエレナ。
そして2人は。。。


題名と撮影場所のレッチェが気になって鑑賞。

この邦題は何なんだ?
てっきりラブコメかと思った。
どっからこの邦題がきたのか?まったく意味不明だし、ひどすぎる。

突然時制が飛ぶシーンがいくつかある。
最初は朝から夜になる軽いものだったが、次は突然13年後に飛び、そして最後は13年前に戻る。
最後に13年前に戻ってハッピーエンドで終わるのは気持ち良かった。
13年後のまま終わったら、涙しか残らない。
だいたい、この邦題で涙流すなんて思ってもなかったので、気持ち悪い。
時制飛ぶのって流行りなのだろうか?

アントニオ役のフランチェスコ・アルカ。
あふれ出るセックスマシーンっぷりは、ダニエル・クレイグをはるかに凌駕する。
なんたって、見つめるだけで、その気にさせる。
癌患者と病院のベッドで抱き合う。
学がなく、言葉や文字で感情を表現できない。
彼は抱き合うことでしか自分の感情を表現できないのだろう。
そう考えると、哀しい。

セレナとアントニオはいわゆる格差婚。
セレナが飲食店の経営者で、アントニオは自動車整備士で飲んだくれ。
やっぱりアントニオのプライドが夫婦関係を悪い方向に導く。
妻が夫を養う時代は来るのだろうか。

全員が13年という時を演じる。
特にセレナとアントニオの老けっぷりは見事。
どっちが実年齢に近いのだろう。

出会って数回で結婚した格差婚夫婦の確かな愛の物語。

ファビオ役のフィリッポ・シッキターノが、アシュトン・カッチャーに似てる。
2015年 日本
監督 樋口真嗣
主演 三浦春馬

大ヒットコミックの実写映画化。

人喰い巨人が現れてから100年。
人々は巨人が越えられない高い壁に囲まれた場所で暮らしていた。

エレンは見たことのない巨人の存在を疑い、壁の外の世界を夢見ていた。
エレンが幼馴染のミカサ、アルミンと壁の前で夢を語り、壁を越えようとしたその時。

大きな地響きと咆哮と共に、壁を越えるほどの巨人が現れた。
その大巨人が壁を破壊すると、そこから何体もの巨人が入り込んできた。

100年ぶりの巨人の襲来に人々は逃げ惑うが、次々と巨人に喰われていく。
エレン達3人も逃げ惑うが、エレンの目の前でミサカが巨人に喰われそうになり、姿を消す。

20年後エレンとアルミンは、巨人達を倒しながら壁の修復に向かう部隊に入隊する。
しかし、これまで壁の修復に向かって戻ってきた者はおらず、その部隊に志しが高い者はあまりいなかった。

巨人達を倒すには、首の裏を傷つけるしかなかった。
彼らは立体機動装置を駆使して、巨人の首を狙う術は学んだ。

果たして、巨人を倒し、壁を修復することはできるのか?
ミカサは巨人に喰われてしまったのか?


原作は途中まで既読。

巨人が現れて暴れまわるシーンは大迫力。
破壊音も凄いし、咆哮も怖いし、人間を喰う音もグロい。
巨人自体も原作のような気持ち悪さ満載で、イメージ通り。

ただ、人物が魅力的に見えない。
エレンはただの喧嘩好きの無鉄砲男だし、ミカサやアルミンなんかどんな人間なのかさっぱり分からず。
ハンジなんかただの寒い人だし、シキシマの舞台俳優のような立ち居振る舞いとセリフも場違い感が半端ない。
よって、誰にも感情移入できず。

さらに、巨人襲来シーンや戦場でのありえない振る舞いも目につく。
そこは逃げないと瓦礫当たるよ?喰われるよ?
そんなとこで大声出す?エッチする?個別行動する?そらぁ負けるわ。
VFXの距離感もおかしいのかもしれないが、そんな巨人の近くにいたらヤバイでしょ?と感じるシーンがいくつかあった。
よって感情移入できず。

巨人描写だけは大画面で見る価値のある映画。

巨人の咆哮がエヴァの咆哮に聞こえた。
2015年 オーストラリア
監督 ジョージ・ミラー
主演 トム・ハーディ

伝説のアクション映画、30年振りの新作。

核戦争で荒廃し、汚染された地球。
人類の寿命は半分になり、水とガソリンを支配する者が、世に君臨していた。

元警官のマックス。
妻と子供を悪党どもに殺され、たった1人、荒野を彷徨って生き続けていた。

イモータン・ジョー。
ロックスターのように崇められる彼は、水を支配し、この世界で生きていくためのものを集め、多くの信奉者を集めていた。
女を、子供を産む機械、ミルクを絞り出す家畜のように扱っていた。

フュリオサ。
彼女はイモータン・ジョーの部下で、ガスタウンにガソリンと弾薬を調達に行く部隊の隊長を勤めていた。
しかしガスタウンに向かう途中、彼女が運転するタンクが大きく道をそれた。

それを見たイモータン・ジョーは、彼女の裏切りに気づき、部下のウォー・ボーイズを引き連れて捕らえに向かう。

イモータン・ジョーの部下に捕らわれていたマックスは、血液が足りずに疲労していたウォー・ボーイズのニュークスの輸血袋として、共にフュリオサを追うことになった。

果たしてフュリオサは逃げ切れるのか?
その目的は?マックスの運命は?


IMAX3Dと普通の2Dで鑑賞。
やはりIMAX3Dの方が良い。
画面が大きいのも良いが、音が良い。

とにかく最初から最後まで追いかけっこ。
マックスはそこに巻き込まれるだけで、主演はフュリオサといっても過言ではない。

巨大なモンスターマシンが、見渡す限り砂漠の中で、爆走。
そして、ぶつかったり、爆弾投げ込まれたり、燃やされたり、潰されたり、嵐に飛ばされたりと、とにかく激しいシーンの連続。

そんなカーアクションだけでなく、人間同士の闘いも次から次へと続く。
殴ったり、蹴ったり、撃ったり、刺したり、引きちぎったり。
それでも、グロすぎるシーンはほとんど見せず、次から次へと人が倒れていく。
この「グロすぎるシーンを見せない」のが良い。
そこに焦点を当てたくなかったからだろう。
大正解だと思う。

そして、グロくないので、映像がスタイリッシュで美しい。
バイオレンスと美しいという言葉が同居している。
CGはあまり使っていないとのことなので、実写シーン、つまり、やり直しがきかないクラッシュシーンばかり。
これはもう奇跡だろう。
何度も見たくなる。

主人公のマックスは、フュリオサ達の脱走に巻き込まれただけで、ほとんどセリフもない。
しかしマックスは行動で語る。
そして最後は彼女達に進むべき道を教え、導き、去っていく。
カッコ良すぎる。

そしてやっぱりフュリオサ。
ほんとにシャーリーズ・セロンは凄い女優だ。
あんな役を演じようとする女優はなかなかいないだろうに、マックスを超える存在感を叩きつけた。
あの闘争心、決断力、潔さ、カリスマ性、そして強さ。
そんなフュリオサが、砂漠で声をあげて泣くシーンは、涙を誘う。

悪役的に登場するイモータン・ジョーも、ニュークスも、一方では哀しさを感じさせる。
特にニュークスは「憧れの人の役に立ちたかったが、逆に足を引っ張ってしまい、女に慰めてもらう」という、やっちまったサラリーマンのような哀しさ。
シンパシーを感じるし、人気も出るだろう。

イモータン・ジョーも、(多分)色々な努力をして街を作り上げたが、街を維持・繁栄させるためにやってきたことが一部の反感をかってしまったという哀しい人。
イモータン・ジョーの街に戻ることになったのは、街が住み良い街だったからだし。
イモータン・ジョーさえいなければ、だが。

伝説だった映画が、主人公を変えて蘇って、また伝説になった。

マックスの常に焦ってる感じのちょこまかした動きは微笑ましい。
2015年 アメリカ、メキシコ、南アフリカ
監督 ニール・ブロムカンプ
主演 シャールト・コプリー

A.I.を埋め込まれたバッテリー残の少ない警官ロボットが、ギャング達に育てられる物語。

犯罪が多発するヨハネスブルグ。
殉職する警官が後を絶たず、警察はロボット警官「スカウト」の採用を決定する。

スカウトによる取り締まりは成果をあげ、スカウトを製造するテトラバール社には追加製造のオーダーが入る。

スカウトを開発したディオンは、A.I.を搭載することを社長に提案するが、却下される。
そんな時、ギャングに破壊され、バッテリーが5日しかもたないスカウトを見つける。
ディオンはそれを盗み出し、A.I.を搭載しようとする。

しかしタイミング悪く、スカウトごと3人組のギャング達に捕らえられ、彼らの隠れ家でスカウトにA.I.を搭載することになる。

A.I.を搭載されたばかりのスカウトはまるで子供のよう。
ギャング達の中の女性・ヨーランディは、そのスカウトをチャッピーと名付け、育て始める。

一方、テトラバール社のヴィンセント。
彼は自分が開発したロボット「ムース」が採用されず、ディオンに対して強い敵対心・嫉妬心を抱いていた。
そのヴィンセントが偶然チャッピーを見つけてしまう。
嫉妬に狂ったヴィンセントは、ディオンとスカウトを失脚させる作戦を思いつく。

果たしてディオンとチャッピーの運命は。


ブロムカンプらしい、哲学的なテーマ。
「人間とは何か?」
「死とは何か?」
「教育とは何か?」

見終わった時は大興奮した。
「生きる」ってこういうことか?
「死ぬ」ってこういうことか?
人間って意識なのか?
色んな疑問が頭の中を駆け巡った。
一番最後に、bjork様の「all is full of love」を彷彿とさせるロボットが出てきたせいかもしれない。

しかし、しばらくして冷静になった。
「肉体を伴わない精神=意識は、人間としては不完全である」
つまり、意識だけ残っても、それは「生まれ変わった」とは言えない。
何故なら、肉体なしでは「食欲」「性欲」「睡眠欲」がうまれないからだ。
欲望のない意識を人間の意識とは呼べない。
人間は欲望を満たすために進化し、文化を生み出してきた。
欲望のない意識に進化はない。

そう考え始めたら、落ち着いてきた。

ただ、単純ではあるが「教育」に関してはごもっとも。
「犯罪はダメ」と言われても、「犯罪」が何か?が理解できていなければ、「犯罪」を犯す。
「平和のための戦争」
「防御のための攻撃」
がありうる世の中。
「育ってきた環境が違う」と、価値観は違うことが多い。

ヨーランディとニンジャ。
日本にもいそうなバカップル。
全く共感できないこの2人が、最後は男気・女気を披露して泣かせる。
まさかこの2人に泣かせられるとは思わなかった。
さらにこの2人がミュージシャンで、来日経験もあるというのは驚かされた。
どんなステージングをするのか?ちょっと見てみたい。

話題のヒュー・ジャックマンの悪役。
髪型がダサ過ぎで、それだけでも悪。
なんでムースがダメで、スカウトが採用されたのか、普通に考えれば分かるだろ?と思うが、そこは悪役。
自分の名誉欲を満たすために、恐ろしいことをやらかす。
ここは、いくらなんでもそこまでやらないだろう、と思う。
犯罪者を捕らえるために、犯罪者を生みだすようなもんだ。

長くなったが、最後にチャッピー。
モーションキャプチャーだけに、とても動きがなめらか。
さらには、細かな動作が細かな感情を表現している。
コプリーの演技が凄いのだろう。
モーションキャプチャーと言えば、アンディ・サーキスだったが、やはり他にも素晴らしい人はいる。

A.I.ロボットが人間の敵にならず、自身と人間の延命を図ろうとする物語。
意識=人間という図式に疑問はあるが。。。

検閲カットされたシーンは、それほど重要なシーンではないかと。