先日、謝罪会見を行った某氏。
私と同じ感音性難聴だと発表していました。
つまり、今現在は聾ではない。
会見の言葉のチョイスから察すると、
私と同じく、
聞こえるけど聞き取りにくい感覚であることはわかります。
言葉が曲がって聞こえると。
正にその通り。
言葉が歪んで聞こえるから、
言葉として聞き取れないことが多い。
某氏の検査の数字が発表されていたけど、
私のデジベルより軽く、
手帳は取得できない難聴でしたね。
某氏のデジベルは左右50ほど。
私の5年前の検査では、
右82・左73で、
やっとぎりぎり6級でしたから。
私もデジベル50くらいの頃。
聞き取りにくく色々な場で支障がありました。
障害手帳はなくても不便さはあると思います。
テレビで会見を見て感じたことは、
専門家も指摘していたけど、
手話よりも耳で聞いて答えていますね。
手話を見ているのはポーズと言うか
演技としか思えなかった。
まだ手話が終わっていないタイミングで
答えていることが多かった。
それは記者さんも指摘していた。
それなのに聞き返すこともなかったし、
耳だけで理解できていたとように見えた。
私が50デジベルの頃。
耳から入るものと口の動きと、
話している人の表情と、それが全て重ねて、
言葉を理解しいてたと思う。
今もそう。
目をきょろきょろさせていたら、
言葉として理解できない部分が多くなる。
ゴーストの人と口話で会話していたとのこと。
口話ができるなら、
記者さんの質問を口話で解読すればいいと思った。
そして補聴器をしていなかった。
マイクを通しての言葉は、
余計曲がって聞えてくると思うから、
補聴器は必要ないかもしれない。
記者の人からの距離もある程度あったし、
それなのに補聴器なしであの受け答え方は、
もしかしたら、ごく軽度ではないだろうか。
本物の難聴者は、
話している人を見て言葉を理解するか、
手話のみを見て言葉を理解するかだと思う。
記者と手話を交互に見てきょろきょろして、
手話が終わっていないタイミングで
一度も聞き返すこともなく答えられる。
難聴だとしても軽度のはず。
静かな場所で1対1で、
1メートル以内の距離での会話なら、
可能だろう。
でも大勢集まって、
あれくらいの距離からだと、
全ての言葉の理解はかなり難しいと思う。
あと。
今の私でも電話はできる。
相手があまりの早口の時や、
固有名詞が出てくると聞き返すことが多い。
慣れている声でゆっくり話してくれれば、
耳元で聞ける分、会話は可能。
某氏のレベルなら、
電話での会話はだいたいできると思う。
私が某氏のレベルの頃は、
友達と普通に電話で毎日のように話していた。
聴力の方は、
手帳が貰えない難聴者と言うこと。
聾を演じていたこと、
作曲家を演じていたことは、
やっぱりおかしい。
足が悪い演技もしていたと言うことだね。
息をするように嘘がつけたり、
人を使うことができるトーク力があるのだろう。
嘘だらけの生き方を謝罪だけすればいいのに、
反論もおかしい。
ゴーストの人とは口話で会話していた。
ゴーストの人からしたら、
聞こえているように感じて当然。
それを素直に発表しただけだと思う。
証拠がないようなものは、
ゴーストの人が嘘をついているとか反論していた。
ゴーストの人が嘘をついて得するわけでもない。
真実しか言ってないと思う。
嘘ばかりついているのは某氏だけなんだと思う。
ゴーストの人がばらしたせいで的な反論は見苦しい。
そもそも、作曲なんて出来ないくせに、
作曲家で有名になりたいと思った時点で、
おかしいんだよ。
有名になりたいのなら、
自分で作曲しなさい。
以下、抜粋。
↓
・以前、
両耳全ろうで、
3年前から聞こえるようになったという点。
正直信じられないが、
現在の‘’聞こえの部分に関しては、
嘘はなかったと思う。
・語音明瞭度とは、
聞こえた言葉の何%の意味がつかめたかということ。
例えば70デシベルの声でしゃべってもらえば
音ととしては聞こえるはずである。
そのうち何%が聞き取れたかということだ。
以下のようにイメージしてもらうと、
わかりやすいかもしれない。
何かの文章を書いてみて、
消しゴムでところどころを消してみる。
右耳は明瞭度71%なので、
不明瞭な部分は29%。
文章の29%を消してみても
71%残るので意味はかなりつかめるだろう。
しかし左耳の明瞭度は29%。
文章の71%を消してしまえば
意味はつかめなくなってしまうだろう。
または霧がかかって文字の29%しか見えない。
そういった状況を想像してもらえると
わかりやすいかもしれない。
・そして手話である。
そもそも、何故、
佐村河内氏は手話を学ぼうと思ったのだろうか?
本当に中途失聴し両耳全ろうになったのなら、
すぐにというわけではないだろうが
手話を学ぶということも多い。
当初聞こえないということに絶望するが、
聞こえない世界、手話の世界があることを知り、
学び始めることが多いわけだ。
だが、
聴力レベルが現在と同じ程度であったとすれば、
何故手話を学ぼうと思ったのかが理解しにくい。
そのくらいの聴力レベルの人は手話ではなく
口話で会話している人がほとんどだからだ。
聞こえない世界にいくのではなく、
聞こえる人の世界にとどまっていたい、
という気持ちも強いのだと思う。
以前、佐村河内氏は、
一時的に聴力レベルががくんと落ちて回復したのだろうか。
あるいは聴力レベルとしては重くなくても
耳鳴りがひどく手話の必要性を感じたのかもしれない。
あるいは1995年に手話ブームを巻き起こした
ドラマ「星の金貨」の影響だろうか。
きっかけはどうあれ
手話を覚えるのは容易ではない。
・佐村河内氏は補聴器装用ではなく、
手話通訳というコミュニケーション手段を選択。
補聴器をつけていたとしても、
あのけたたましいシャッター音のなかで
質問者の声を聞き取るのは難しかっただろう。
質問者も必ずしも近くにいるわけではないので
読唇もやりにくく成立しなかったと思う。
もし成立させるとすれば、
質問中は撮影禁止、
質問者は前に出てマイクなしで、
佐村河内氏の正面に立ち、
出来るだけゆっくりと質問するといった
何かしらの“配慮”が必要だったと思う。
佐村河内氏は、
聞こえにくい難聴者であることには間違いないからだ。
・佐村河内氏は大嘘つきだったことに間違いはない。
が、きこえにくい(軽度の)難聴者であることだけは事実だ。
その点だけはしっかりと理解しておかなくてはならないと思う。
聞こえにくい人を誤解しないためにも。
私が手話を取得していないこと。
代弁して下さってるようで嬉しかった。
