今朝、生中継で。

 

ロンドンオリンピックの開会式の一部をテレビで観ました。

各国の先頭に、

 

パジャマ姿のイギリスの子ども達が着いていたんですが。


みんな補聴器を付けていることに気付きました。


私が観れなかった部分では、

 

国家を歌うパジャマ姿の聴覚障害者の子ども達。


世界的パッカーショニストの聴覚障害の女性。

 

ドラムを披露とのこと。

日本の文化との違いを感じました。


その件でツイッターで調べてみたら、


中途失聴のろう者で、

NHK「ワンポイント手話」キャスターや、

手話イベント団体

「しゅわっとつばさ」代表代行を務める
佐々木あやみさんと言う方のところに辿り着きました。

佐々木さんのツイとブログを

ざっと拝見させていただいたところ、


私の普段思っている、感じていること、

書きたかったことの全てが文章になっていて、

 

今、感動中です。


今日は佐々木さんの最近のツイで、

思わずお気に入りに入れてしまったものを紹介します。

文章は多少加工しておきます。

佐々木さんの色んなツイをまぜこぜに書きとめてあります。




聞こえない人がみんな手話ができるわけではありません。

実際のところ全聴覚障害者のうち、

手話が使えるのは2~3割です。

ずっと聞こえていて突然聞こえなくなった人、
子供の頃から聞こえなくても、

普通学校で育ったため手話を知らない人も大勢います。

地域差が大きいですが、

聞こえる人向けの手話講座は、

入門から手話通訳者レベルまで充実しているけれど、


聴覚障害者向けの手話講座は、

ほとんどが入門レベルまでで、


手話の分からない聴覚障害者が

手話を本格的に学べる場所は少なかったり、

地域によっては全くないこともあります。

ろう協会員でない聴覚障害者は

手話サークルには入れないという地域もあるんです...。


自分の意志ではどうにもできない身体的なことについて。

 

叱責されたり体罰を受けたりっていう出来事は、
すごく些細なことでもかなりハッキリと記憶に残っている。

根に持ってるとか言うんじゃなくて、

その時の悔しさと言うか理不尽さと言うか、

そういう気持ち。


聞こえないのに推測で返事するのが悪い、

と言うご指摘は至極正論ですが、


聞こえない・聞こえにくい人にとって

「推測」は会話の1つのスキルです。

本当は推測などせず全部聞きたいけれど、
実生活では推測で補わないと

コミュニケーションが成立しない状況がとても多いのです。

音声会話をする聴覚障害者の大多数に共通しているのは、


「音声だけで全部理解しているわけではない」

ということです。

わずかに細切れに聞き取れる音、

口形、表情、前後の話の流れなどから、
聞こえない部分を推測で補って

埋めながら会話しているんです。

特に軽~中等度難聴の人の聞き間違いに、

 

「聞こえないなら分かったフリするな!」

というのもよく聞くのですが、


あれは聞こえたフリをしているわけではないんです。

物凄く頑張って聞いたら本当にそう

「聞こえた」んです。

どれだけ頑張っても健聴者のように

「ちゃんと、全部」は聞こえないんです。

本当は一番ちゃんと理解したいのは聞こえない本人です。

でも聞き返すたびに露骨に嫌な顔をされたり、

筆談を頼むと「もういい」と言われたり...

そんなことを1日に、

何度も何度も繰り返してると心が折れて、
なんとか聞き返さずに終わらせたい、

 

と思う時もあるんです。

それをどうか責めないでください。




まず手話について。

以前、私もこのブログに、

手話に対しての気持ちを綴ったことがあります。

私が何故、手話を習わないのか。

覚えようとしないのか。

たぶん健聴者には理解できないでしょう。

でも中途で手話を習得している

佐々木さんが代弁して下さいましたね。

私のような聴覚障害は、

手話を本格的に学ぶ場所がないこと。

健聴者と対等には学べないこと。

ろう協会から排除されていること。

どこにも行き場がないんです。

無理に習わなくても、

自分らしく快適な暮らしができればいいんじゃないかと。

場面場面で少し不便なことはあるけれど、
障害があるからって、

別に不幸ってわけではないんですから。


それから聞き取りのことについて。

私の言いたいことの全てを代弁して下さってます、佐々木さん。

正にその通りです。

聞くことに対して本当に頑張っているんです。

それでも聞き取れなかったり聞き間違いをしたり。


そのへんのもっと詳しいことを、

佐々木さんはブログに綴って下さっています。

文章は多少加工しておきます。




補聴器をつけて、

声で会話をしている人のほとんどは、


実際には声だけで聴いて会話ができているわけではなく。


話の流れや口の動きを読み取って、

頭をフル回転させながら話をしています。

正直、ものすごく疲れます。

聞こえる人から見れば、

 

「少しでも聞こえるほうが良いだろう」

と思うかもしれませんが、


私は難聴~失聴とたどってきて、

「少しだけ聞こえる」

という状態の時が気分的には一番しんどかったです。

「まったく聞こえないわけじゃないんだから、頑張って聞き取らなきゃ」


という重圧を常に感じていた時が、

一番しんどかった。

常に音を気にして、

自分の耳鳴りにまで神経を尖らせ、

 

「聴こえる存在」でいることに心を砕き、


それでもやっぱり聞こえなかったり

聞き間違えたりして落ち込んで...。




私のしんどさを代弁してくれる人に出会えた感じ。

 

感動しています。

そうです。

全く聞こえないわけじゃないから頑張らなきゃと言う重圧。

全く聞こえないわけじゃないんだからいいじゃない的な考え。

声だけで会話しているのではなく、

頭をフル回転させて会話する。

疲れるわけです。



そして。

 

私のような感音性難聴の聞こえ方についてのエントリー。

 

実に素晴らしい。



そもそも感音性難聴の場合。

 

補聴器をつけても言葉の聞き取りはあまり改善しません。

中でも中枢性難聴の場合は

特に語音弁別が極端に悪いのが特徴で、


補聴器をつけてもほとんど聞き取りが改善しないことも多いです。

「補聴器なのになんでちゃんと聞こえないんだよ?」


という疑問については、

こちらをご覧ください。


健聴者の聞こえ方。




伝音性難聴者の聞こえ方。




感音性難聴者の聞こえ方。




感音性難聴者が補聴器を付けた時の聞こえ方。





感音性難聴は音が小さくなるだけでなく、

音を識別する機能が失われたり低下している状態です。

つまり。

 

「か」という音が「か」ではなく

「あ」に聞こえたり「く」に聞こえたり、


歪んでただのノイズにしか聞こえなかったりします。

水の中に潜って、

外の音を聞いている状態に似ているとも言われます。

補聴器を付ければ大きくなりますが、

音の歪みが矯正されるわけではなく、
また不要な騒音までもが増幅されるので、

決してクリアに聞き取れるわけではありません。

ラジオの電波がものすごく悪い状態で、

音量だけを上げて聞いている状態や、


カラオケのマイクがキィ~~ンと

ハウリングしている状態を想像すると分かりやすいかもしれません。


「聞こえない人に話しかけたら振り向いた。

なんだ聞こえてるじゃないか」

と言う方がいらっしゃいますが、


【聞こえる】と【聞き取れる】とはまったく別物です。




聞こえてないこと、聞き取れていないこと。

 

手話ができないことなど。


普段、

何となく人から責められているような

疎外されているような気分になってしまう。


コミュニケーションにおける

感音性難聴の特徴・特性だと思います。

佐々木さんの発する文章全てが、

それを代弁して下さり、気持ちもわかって下さる。


ありがとう。