このたびの東日本大地震の避難所の様子。

 

テレビなどで見て、
思ったことを少し書きたいと思います。


うちの地元は内陸部なので、

津波の被害はないものの、


徒歩10分位のある一角で、

液状化した地域があり、


地盤の陥没などで全壊した家屋が100軒以上ありました。

今もその地域は、

水道管や地盤の復旧作業が続いています。


一応、被災地ですから、

先日は副総理が視察に訪問されたそうです。

各テレビ局でも何度か取り上げられていて、
主に商店の方々が取材されていました。

時たま仕事の関係で、

その地域を自転車や徒歩で回るのですが、


よくお付きの人達を引き連れたお偉い方々が、

作業着とヘルメットを装着して、
現地を視察しているところに出くわします。

テレビで取材されていた場所よりも、

もっと酷い状態の家屋もあります。


当初、被災された方の一部は、

近隣の市民センターなどで避難されていたらしく。


地域で自主的に炊き出しなども行っていたそうです。


今はほとんどの被災者は、

近隣のアパートなどに仮住まいにされているもよう。


私の住む場所は幸い、

何の被害もなかったのですが、


もし避難しなければならない状況、状態になった場合。


避難所での生活をしなければならないことを考えると。


話せる聞こえる聴覚障害は、

色々、支障があるだろうなと考えました。

身体が不自由なわけじゃないし、

普通の人の感覚からすると、
別に普通の人と変わらないと思われがち。


またそれが厄介なのかもしれません。

それに私の年代は世間一般からしたら、

まだまだ身体の動く若者扱いだと思う。

だから困っていても守ってくれる立場ではないと言うこと。

困っていることに気付きにくい、

理解されにくい障害ですから。


先日、新聞に

 

「聴覚障害の方と意思疎通がしたいから手話を習い始めました」

 

と、素晴らしい豊富を綴った投書がありました。

聾の方と意思疎通をしたい人は沢山いる。


私のような聴覚障害と意思疎通がしたいと言う人に出逢ったことはありません。

そもそも普通に、私のような障害は、
世間ではあまり認識されていませんものね。


避難所で避難生活をすることになった場合、
家族と一緒なら何とかなりますが、

 

たった1人でそういう状況になった時、


耳からの情報が入らないことの恐怖と、
音は色々聴こえますから、

それが何の音なのか判別ができないことの恐怖が付きまとうと思いました。

避難所でトラメガ、またはマイクで、
名前を呼ばれたり、食糧の連絡、

注意事項などを言われても、


呼ばれたことに気付かず、

内容がわからず、

知らずに迷惑をかけてしまって、


白い目で見られているかもしれない恐怖。

何の音なのか、どこから音が聴こえてくるのか判別ができない恐怖。

困っていても、助けて欲しくても、

難聴のことを告知しても、


「聴こえているんじゃない。聞く気がないだけだね、あの人」

 

的な扱いの恐怖。


どのようにして、

そのへんの恐怖感を解決したら良いのでしょうね。

たぶん生きている以上、

これからもずっと、


私にとっての終わりのないテーマなのかもしれません。

でも別に絶望感と言うわけではなく、

そこそこ幸福感も持っています。

こういう大きなテーマを持って、

生きているわけですから。



先日、文房具店で。

 

磁石による筆談機を見つけました。

うちの子どもが小さい頃持っていた、

お絵描きボードのようなものですが、


それの大人向け、事務向けで、

消すのもワンタッチで便利そうでした。

今度、購入してみようかと思っています。

携帯していれば、

活用する時がやって来るかな。