先日、用事で某所へ行った時のこと。

待合室のソファーに座って待機していたら、
杖をついた推定83才くらいのおばあさんがやって来た。


「ちょっと教えて」

 

と声を掛けられたんです。

何だろうと一瞬思っていたら、

当然のように手を取られて。


血圧測定器の前まで、

一緒に歩いて行ったんです。

「これの使い方わからないから教えて」と。


こういうのはセルフ機械は得意なので、
椅子に座る位置、姿勢、

腕の伸ばし方をゆっくり教えてあげて、


「力を抜いてしばらく動かないでください」

 

と言い、


スタートボタンを押してあげました。

約1分程で測定されて、

小さな用紙に結果が出てきました。

「やっぱり血圧高いか」

と聞かれたので、

 

用紙を見るとかなり高いので、


「私は素人だけど高いと思うので、

一度医者に見てもらって下さいね」

 

と言いました。

そして特にお礼も言われず。

 

おばあさんはどこかに歩いて行ってしまいました。


まぁちょっといいことしたかな~

なんて思っていたら、


今度は別のおばあさんが歩いて来るのが、

私の視界に入って来ました。

こちらも推定83才くらい。

足が悪くてドアが開けられなかったので、

そのドアを押さえてあげたら、
さっきのおばあさんと同じく手を取られたんです。

手を繋いで段差がある部分を一緒に歩いてあげました。


そして血圧のおばあさんと同じく、
特にお礼も言わずに、

歩いて行ってしまったんです。


でも不思議とお礼なんかいらないし、


ちょっといいことしちゃった満足感の方が大きかったんです。

本来ならば人に親切にしてもらったら

お礼は大切なことだけど、


介護を必要とされている身になった時。


もしかしたら、

どんどん親切な人の心を利用していいのかもしれないと感じたんです。

利用と言う言葉はあまり良くないか。

 

ちょっとニュアンスが違うんですが、


もっと色んな人に気軽に助けてもらえば良いのかなと。


私はコミュニケーションの場で、

多少の介護が必要だと思うんです。

でも私が出逢ったおばあさん達のように、
見た目で介護をしてくれる人はまずいないです。

逆に介護して欲しいと

求められてしまう立場になっています。


補聴器を見せたり障害手帳を見せて、


「聞こえにくいので、ゆっくり話して下さい」

 

と頼んでも、


それを実践してくれる人はほとんどおらず。


結局、聞き取れないことの方が多くて、

色んなことを諦めてしまいます。


たぶん。

 

聞き取れるように話しているつもりの

親切にしている側も、


その親切がこちらにわかりにくいのかも。

聴覚障害の介護は、

手話だけだと思い込んでいる方も多いでしょう。

手話がわからず、

話せて聞こえる聴覚障害だなんて、
本当に一番わかりづらいですね。


あのおばあさん達のように自然に普通に、
聞き取れていない時に助けてもらえる工夫。

これから色々試してみたいと思います。

でも。

 

私のような障害をどう介護してくれるか。


人それぞれの機転と器と想像力によるのかもしれません。



関係ないですが私は3/3生まれです。

つまり耳の日。

我ながら皮肉な日に生まれました。