WIP  細部の作りこみ0228【共生シリーズ】NO.2  イグアナの娘(仮題) | スーパーオニオン アートでリアルでユーモラスなフィギュア

スーパーオニオン アートでリアルでユーモラスなフィギュア

2013年より主に美少女フィギュアを制作していたが、コロナ禍を機に作風を見つめ直し、2023年からはオリジナル作品<動物と人間を題材にした、少しユーモラスで寓意的なリアル系フィギュア>を創作。SNS、デザフェスなどのイベントで発表中。

まだまだ細部を作りこみ中です。

たまには違うマテリアルでアップします。

 

今日も発見がありました。

解剖学をやっていないと気づけない部分ばかりで、今までなんでもっと早く解剖学をやらなかったんだと後悔してます。

基礎をやらないでいきなり作品を作り始めるということは結局、後悔するような見返したくもなくなるような作品を作ってしまうことなんだな~、とあらためて思ってます。

 

 

 

 

以前、美術系?芸術系?の人はフィギュアを作っている人をバカにするみたいなツイートを見かけたことがあって、

「自分は表現方法は自由だと思う。だからそれをバカするのはおかしい。」みたいなことをツイートしたことがありました。

 

つい先日、久しぶりにTwitterを見たのですが、以前は気づかなかった部分が目に付くようになって、見ていられないものが多くなってきました。アニメもちょっと見れないものが出てきています。

 

自分はまだまだですが、美術系の人は基礎が出来ていれば、出来ている人ほど、フィギュアの体型のおかしさ、たとえばアニメ頭身で考えても、服を着ている上半身とスカートから出てる足のバランスが取れてなかったり、曲がる角度や曲がった時の筋肉のねじれの不自然さが目に付いてしまうんだと思います。もちろん元絵がおかしい可能性も大いにあります。

 

バカにしているんじゃなく、おかしな部分が目に付いて、違和感を感じて、見ていられないというのが本音なのかもしれません。

基礎というものがあって、はじめて表現なのかもしれません。

 

 

もちろん美大を出ているからといって、その人の作品がよいかというとそうでもなかったり、

その逆に色々と省略されていたり、バランスがおかしかったり、歪んでいても、美しいとおもう作品を作る人もたくさんいます。

好みもあるでしょうけど、何かを感じ取れる作品というのは、その人が自分の美的感覚を磨き続け、育んできた結果なんだと思います。

 

とにもかくにも自分は今はまだちょっとかじったヤツが分かった口をきいてるようなもので、多分、そこを抜けると他人の作品をそのまま受け止められるようになれる気がします。

 

酸いも甘いも分かった上で、他人のどんな作品も受け止められる。早くそうなりたいものです。