阿刀田高のエッセイに『納得の儀式』というのがある。
小説を描くために取材の旅に出るだが、
下準備というよりは、構想や小説そのものが出来上がったあとで、
確認のために出かけるらしい。
~もちろん歴史のくさぐさを知るためには、
我が家の書斎のほうがずっとよいのである。
図書館のほうが役に立つのである。
だが、資料を駆使して書いてみても、何かが足りない。
納得ができない。~
気象屋のモヤモヤ感に通ずるものを感じる。
空調の効いたビルの一室から日本全国の気象予測を出す。
世界中の気象データが、インターネットを介して、手に入る環境である。
その環境さえあれば、どこにいても、
世界中の気象予測をすることはできる。
当然、予測の妥当性もデータで評価されることになる。
一面を捉えてしまえば、ゲームの世界と変わりがない!
予測を出して、現場に行って、
その空気を肌で感じることができたら、
どれほど楽しいだろうか?