Walterに脱退を決めさせたのは、クラブ内での些細な出来事だったが、Walterとマディが決裂するのは時間の問題だったと言える。つまり、彼らの音楽哲学の違いだ。

muddy1マディの音楽スタイルは、一度これだ!と決めれば、何があっても変えない。バックが変わろうと、サウンドが変わろうとマディは同じスタイルを求めた。

昨日も一昨日も同じなら、明日も明後日も、ひょっとすると10年後も20年後も同じスタイルを貫く。50年代のマディも1980年5月の来日公演の時のマディも気合いこそ違うが、同じフレーズ、同じベースライン、同じリフを使う。それがマディだった。

ところが、Little Walterは違う。決して同じことはやらない。それがLittleの哲学であり、誇りだった。レコーディングのテイク違いだろうが、クラブ演奏だろうが、Littleは同じことはやりたがらなかった。絶えず違うフレーズを考え、昨日よりも今日、今日よりも明日、明日よりも明後日とLittleは前しか見ていなかった。

「昨日のリフ良かったぜ。」とメンバーから言われ、今夜も同じ演奏を求められてもLittleには全く興味がなかった。それがLittle Walterである。そんな正反対の二人が決裂するのは当然の成り行きだったのだ。

マディバンドに在籍していた頃、Littleがマディへの不満を友人に漏らしたことがあった。

「マディは、同じことしかやらせてくれねえ。
気に入ったら、ずっとそればっかしさ。
窮屈で仕方ねえ。好きに吹かせてくれりゃいいのにさ……。」

だが、当時、Littleにヒット曲はなく、独立しても稼げるあてはなかった。
マディはLittleよりもかなり年長だったし、何よりヒットメーカーだった。
マディの音楽哲学に不満はあれどLittleは従うしかなかった。

waler1だが、今は違う。Littleは堂々と独立宣言することができた。そして、Little Walterという男を後年知る人々にとって、Littleのバックはジ・エイシーズということになるのだが、すんなり進んだ話ではなかった。

不思議なことだが、ブラックの人々にとって歴史上とても有名な出来事やエピソードの場合、その場にいたいないにかかわらず証言者になっていることが多い。彼らにとって、現場にいようがいまいが、件のシーンを見ようが見まいが『知らない』と答えるのは恥と無意識に捉える質のせいだ。

とにかく彼ら言うところの「真実」は答える人の数ほどあり、一体どれが本当なのか、調べる前よりもさらに混沌とするのが常である。調査が困難な理由がわかるだろう。Littleの独立の時も同じだった。

関係者であろうがなかろうが、全ての人に言い分があり、結局、Littleがジュニア・ウェルズからマイヤーズ兄弟とドラムのフレッド・ビロウからなるエイシーズを譲り受け、代わりに、ウェルズがマディバンドに加入したという事実だけが同じという有様に終わった。

その為、独立までのいきさつややり取りの謎はわからずじまい、
誰も真実を述べず、真相は今も藪の中である。
誘いを受けたジュニア・ウェルズによるヴァージョンはこうだった。

「ある晩、Walterから電話があってね。こう言うのさ。
『俺とお前で演らねえか?南部を俺たち二人で仕切るのさ。
お前のところのバンドはすげえじゃないか。
だから、俺とお前が組めばどえらいことになるってわけよ。
ハープのデュオ、いい考えだろ?』ってね。」

「俺がWalterのアイデアをあれこれ考えている間に、
今度はマディから電話さ。もちろんWalterが抜けた後の相談だったよ。
俺は考えた、Walterかマディかってね。もちろん答えはマディさ。
本気かどうかもわからないWalterの誘いに乗るわけにゃいかなかったんだ。
俺は時流に乗ることを選んだんだ。」

wells1エイシーズの当事者、デイブ・マイヤーズはその時のことをこう言った。

エイシーズは俺たち兄弟が始めたバンドなんだ。最初から二人で演っていて、その時は「リトル・ラスカルズ」でね。もう亡くなったけど、ビッグ・ビルにも目を掛けてもらってさ。いい線いってたんだ。

そのうち、ギターデュオだけじゃ仕事に幅がないからってんで、雇ったのがジュニア・ウェルズさ。だから、あいつはただのサイドマンなんだっていう気持ちが強かった。

もちろんLittleの独立の話は聞いてたさ。
だけど、俺たちには関係ないって思ってたんだ。あの夜までね。
客はもう時間前から並んでてさ。その夜も盛況だったね。

ところが、ファーストステージが始まってもジュニアが来ないのさ。
結局、ファーストは奴がいないまま終わってさ。
休憩中にジュニアを探そうと店の中をうろついていると、Littleがいるのさ。マディは今、南部ツアー中だから、Littleがシカゴにいること自体がおかしい。そこで、俺は、思わずLittleに声を掛けた。

『あんた、何してる?南部じゃないのか?』
すると、Littleはニヤニヤしながら驚くことを言ったんだ。
『俺は、マディと別れたんだ。たった今別れてきたばかりなんだ。』
『あんたがいないならハープはどうするんだ?』
『誰か代りをいれるだろうよ。』
『そいつは誰なんだ?』
Littleはますますニヤニヤして、
『ここにいない人間さ。』

そこで、俺は気づいた。ジュニアはマディに呼ばれて南部に
行ったことにね。いくら待っても来ないはずだ。
俺たちに一言もなくジュニアは行っちまった。
そうだろうよ、なにせあのマディに呼ばれたんだからさ……。

その時さ、俺たちバンドの限界を知ったのも。
ハープがいないバンドに金は稼げねえ、ジュニアの雇い主のつもりだったが、
雇われていたのは、俺たちのほうだったんだとね。

wells2弟のデイブにとってジュニアの脱退は突然の出来事だったようだが、兄のルイスの話は違っていた。

ある晩、Walterから電話があってね。
変なことを言うのさ。
『あんたのところの坊主がサヨナラするつもりだぜ』とね。
俺は何も聞いてない。なんでなんだ?
それならそうと組合に言わないと仕事ができない。

だから、ジュニアに直接訊いてみた。
『ジュニア、お前、マディのところへ行くつもりなのか?』
その時のジュニアのびっくりした顔ったらなかったな。
『何で知ってる?誰から聞いた?』
『…それは言えねえ。いつからだ?』
『週末、金曜から南部ツアーに合流するつもりだ。』 
だから、ジュニアの代わりにWalterを雇うことにしたんだ。
雇い主は俺なんだ。

ジュニア、デイブ、ルイスと三者三様の答え方をしているが、真実に近いのはデイブだろう。デイブの目から見てもWalterの独立は当然だったのだ。デイブにはある光景が目に焼き付いているという。

muddy2『ジューク』がヒット街道をばく進中の南部ツアーは相当なものだった。ステージにマディともうひとりのスターLittleが登場するともの凄い騒ぎになった。観客は最新のサウンドに身を包み、酔いしれることを要求した。あの疾走するサウンド、最先端サウンドを待ち望んでいた。

おもむろにWalterが一歩前に出ると、リードを取った。ビートが唸り、叫び、ハープが爆発し、どんどんスピードを上げていった。まるで倍速だ。観客は踊りたがっていた。Littleのハープは観客を総立ちさせ、熱狂の渦に巻き込んでいった。

だが、それに乗れない人間がいた。マディである。マディにLittleのスピードはついていけなかった。ただ茫然と見つめるだけだった。その時、自分がいかに古い人間かを思い知らされたのだ。これをきっかけに二人の間に軋みが生まれ、周囲からもわかるほどの軋轢になったとデイブは語る。

どちらも賞賛に値するプレイヤーではあるが、この時の屈辱はマディにとって致命的だったことが伺われる。一流のみが知る超一流との差、プレイヤーのみが知る差、それは決して口に出せないことだった。

こうしてLittleは自分のサウンドの実現に欠かせないバンドを手に入れ、マディは自分のプライドを決して傷つけることのないハーピストを譲り受けた。内心マディはホッとしていただろう。もう屈辱に甘んじることないのだから。

いかがでしたか?いろんなエピソードがこれからも出てきますが、
ブラックの人たちの話は、エンターテインメントのつもりなのか、
とにかく勝手に脚色するのが常なんですよ。

ローリングストーンズが初めてチェスで録音した時にも
これが炸裂して、その場にいなかった人間すら話してますからね。
まあ、愛嬌だと思って怒らずに聞くことですかね。
では、次回はいかにLittleとのツアーが大変だったかのお話です。
お楽しみに。