購読している産経新聞夕刊に月に一度だけ
門上武司氏の『偏愛的交遊録』というコラムが載る。
これまでもコラムに出てきた方々の豪華なこと。
澁澤龍彦氏をはじめ、稲垣足穂氏など一般的に有名ではないが、
その道ではいわずと知れた日本の知性の宝庫と呼んでしかるべき方々との
交流が意外な側面と共に語られる。
11月24日(木)に掲載された方の名は
『虫明亜呂無』だった。
ああ、すっかり忘れていた
この名前を。
『むしあけあろむ』と読む。
注!遠藤周作ではない虫明亜呂無氏である
子供の頃は、手塚治虫の親戚?、
それとも『ファーブル昆虫記』の関係者?かと思ったものだ。
いえ何、虫つながりだけな話・・・。
随筆、文芸、小説など広い分野で活躍されたが、
氏が最も造詣が深かったのは『スポーツ』だった。
それまで『スポーツ』を扱った作品といえば、アニメや漫画に代表されるような
『スポ根』ものが大流行で、
『スポーツ小説』というものがあったとしても、
大抵は、賭博に焦点をあてた競馬大衆小説くらいしかなかった。
そんな時代に虫明亜呂無氏が発表した
『シャガールの馬』(1979年直木賞候補作)に人々は衝撃を受けた。
8篇の短編を収めた短編集である。
『海の中道』(マラソン)
『連翹の道』(サッカー)
『黄色いシャツを着た男』(野球)
『タンギーの蝶』(野球)
『アイヴィーの城』(テニス)
『ふりむけば砂塵』(陸上短距離)
『ペケレットの夏』(ボート)
『シャガールの馬』(競馬)
以上の8編だが、これほど美しい世界があるのか…と
読後誰もが思ったろう。
8篇に出てくる選手たちはいずれも苦い敗戦を味わう。
試合に敗け、恋に破れ、
それでも悲壮感だけではない
明日への希望が感じられる。
珠玉という言葉があるが、
それはこの作品群のためにあるものではないだろうか。
79年前半の直木賞受賞者は田中小実昌!と阿刀田高!
後半は該当者なし!
何ゆえ、虫明亜呂無氏が受賞しなかったのか今でも不思議でならない。
これほどの文体、これほどの構成力、
そして、『スポーツ』を芸術の域にまで高めた透徹した筆力、
どれをとっても超一流だ。
1923年9月11日生まれ、1991年6月15日死去
しかしながら、1983年60歳の時に脳梗塞で倒れてからは表舞台から姿を消し、
長い闘病生活の末、肺炎にて91年にこの世を去った。
享年67歳
氏のファンは今でも多く、かくいう私のその一人。
氏の作品は、多岐にわたるがゆえに手軽な文庫サイズはほとんどない。
あるのは、上掲の『シャガールの馬』くらい。
他にちくま文庫からも数冊出ているものの
できれば、全集という形で網羅してくれれば嬉しいと思っていると、
2009年新刊としてちょっとしたブームになったのが
清流出版から発売された3巻である。
第一弾『女の足指と電話機』
映画女優とそのエロチシズムについての随筆。
第二弾『仮面の女・愛の輪廻』
日本人女優論+悲劇のマラソンランナー円谷幸吉の生涯
競馬ニホン等に連載されたエッセイなどを含む
第三弾『パスキンの女たち』
未収録のスポーツ小説7篇。
どれも素晴らしいが、特に最後の『パスキンの女たち』がいい。
まさに『シャガールの馬』の第二弾だ。
これだけでもファンなら感涙してやまない。
初めて氏の名を知った方にも是非呼んでもらいたい珠玉の逸品である。
競馬好きの作家は意外に多い。
虫明亜呂無氏もそうだが、古くは織田作之助、
寺山修二、古井由吉などがいる。
寺山のエッセイに面白いものがある。
『死神は、たまに中折れ帽をかぶっていることがあった。
遠くから見ると虫明亜呂無に似ているので、やあと声をかけるつもりで
駆け寄って行って、ポンと肩を叩くと、振り向くと死神だった時などは、
一日憂鬱だったりしたのをおぼえている。』
寺山にとって虫明亜呂無氏はツキを奪う死神だったようだ。
ところで、『むしあけ・あろむ』という名だが、
誰もがペンネームと思うだろう。
しかし、本名である。
虫明(むしあけ)は、岡山県に存する苗字のひとつで、
亜呂無(あろむ)は、画家だった父親が仏語のアロマティック(芳香)からつけたという。
その名のとおり芳香わきたつ名文である。
画家の父の絵の師は萬鉄五郎
父は亜呂無がまだ4歳の頃に、31歳で逝去し、
母は女手ひとつで再婚もせず家族を養った。
そのせいか幼い頃から他人に甘えることをよしとしない家庭だったという。
一度は音楽家になろうかと思ったこともあったというが、
音楽を生業とすることの侘しさ、厳しさを
学生時代に訪ねた音楽教師の暗い部屋に置かれたピアノと楽譜を見て知ったという。
その感受性の強さは一体どこから得たものなのだろう。
とにかく、これほどの名文にはめったにお目にかかれない。
没後、20年も過ぎようとしている2011年12月
お宅でじっくり読んでみませんか?
『愛』について、『肉体』について。





