お前が死んだら、どうしよう…。
好いているのか、いないのか、飼っているのか、飼われているのか。
BSプレミアム 4夜連続放送の『お前なしでは生きていけない』
2011年6月27日第一夜―藤田嗣治
28日第二夜―内田百閒
29日第三夜―向田邦子
30日第四夜―夏目漱石
おそらく、発想の源は平凡社コロナブックス『作家の猫』だろうか。
ただし、向田邦子はその中には収められていない。
このシリーズには他に『作家の犬』、『作家のお菓子』などがあるが、
『作家の猫』は中でも優れたものの一つだ。
再現ドラマとゆかりのある人物の語りで進められるが、
あまり必要とは思われないコーナーも見受けられた。
役者も揃って猫好きなのは画面を通じてもよくわかったが、
肝心の猫たちとの相性は良いものもあれば、イマひとつというのもあった。
百閒先生の『ノラや』は外せない。
だが、どうしたわけか、ノラは結局戻ってきたが、
小説の中では見つからなかったことにしていると記憶していた。
何かと間違って記憶違いをしていたのだろう。
宅にも以前可愛がっていた猫、フーバーがいたが、
去勢手術を先延ばしにしたせいで、
ある風の強い夜にふらりと出て行ったままそれきり帰ってこなくなった。
まだ1歳半だった。恋を探しに行ったのだろうか。
可愛がっていたというのも結局人間の思い込みで、
『フーバー』などと勝手な名前を付けられ、頼みもしないのにご飯が与えられ、
得手勝手に抱きしめられても、彼にとっては迷惑千万だったのだろう。
家族の誰にも懐くこともなかった。
時々人ではないかと思うような眼をして、こちらをじっと見る。
心の底まで見透かすような眼をしていた。
拾って帰ったときはほんの子猫で、わからないまま子猫用のミルクを買い、
哺乳瓶で飲ませた。
もう歯が生えていたのもわからず、まだ哺乳瓶でやっていたら、
そのうちゴム製の乳首を噛み切った。
それでようやく大きくなっていたのがわかった。
窓から外を眺めて鳥を見ては、鳥の鳴き真似をしていたっけ。
それが可笑しくて、クスクス笑うと、
バツの悪そうな顔をして、窓から離れた。
気が差すとテコでも動かない頑固ものだった。
もう13年も前の話だ。
今は今年で12年目になるステファニーこと通称チュー君と
8年目のグレちゃんがいる。
どちらも男の子で去勢済み。
猫という生き物はどうも人間の何かを呼び覚ますことができるのかもしれない。
百閒先生も藤田も漱石も建前は『飼ってやってる』だったろうが、
その実『住んでもらって』いたのだろう。
猫と暮らすようになってから、
彼ら作家達の暮しも作品も眼に見えて良くなっている。
猫と作家といえば、もちろん漱石が筆頭だが、稲垣足穂(タルホ)も浮かぶ。
タルホの作品で最も有名なのが『一千一秒物語』 『弥勒』
『A感覚とV感覚』 『少年愛の美学』だが、
『一千一秒物語』以外は非常に難解で理解できない。
ちなみに『一千…』は、アラビアンナイトの『千夜一夜物語』にヒントを得たものだ。
タルホは江戸川乱歩、三島由紀夫、澁澤龍彦らに絶賛されながらも
世間的にはあまり知られることなく、貧困と放浪の人だったが、
京都・伏見に移り住んでからは落ち着き、猫を飼うようになったという。
暑い日はふんどし姿で机に向かい、仕事をした。
傍らには可愛がっていた猫が側にいた。
作家と猫の相性が良いのは、猫という生き物が寡黙で、じっとしているのが好きだからだ。
気に入れば、お腹がすかない限り、その場で座り、眠る。
特に男性はあぐらをかくので、その中にすっぽりはまって眠るのを好む。
集中する仕事にはピッタリだ。
その上、語りかければ、気が向けば返事をするし、嫌ならしない。
時には、鳥を咥えて、ポイと差し出す。
日頃の感謝のためか、下僕に対する憐れみかはわからない。
ただ、男性のほうが猫に対する思いが深いように思う。
それは片思いに近い。





