仁淀川町には、江戸時代から大正時代にかけて、山口県周防大島から
来た大工集団である
長州大工たち
の素晴らしい建造物が今に残っています。
それらは、土佐には200程度あるらしいが、そのほとんどが
仁淀町内にあり、さらにその大半がこの旧池川町にある。
それらは旧池川町史にも記載されている。
この松山街道沿いの桧谷地区にもその長州大工さんらが
建てたと思われる建物があり、おそらく、今でも地区の
方々で守られているようである。
それは、ひっそりと。。。存在する。。。
先日、訪問した桧谷地区、ちょっと見ただけでは発見はできないが、
この歴史ある集落のパワーを感じます。
周囲の草むら、木々に覆いかぶされているこのお堂。
地域の方に聞いて、やっと場所がわかりました。
町史には観音堂とあるが
これがそうなのだろうか、確かめるには地域の方にもう一度聞きたかったが
この時は聞けませんでした。
特徴的なのは彫刻美。
この基礎部分、石の上に設置されている「石くち石」というらしい。
近くで見ると
迫力を感じます! ∑ヾ( ̄0 ̄;ノ
このような歴史あるお堂や神社の建造に
関わった多くの長州大工さんたちや地区の皆さん。
かつて、土佐の山間部の神社等を建てた歴史、数々のドラマが
あったことでしょう。
自然と文化、歴史に
触れるのが
仁淀川町の旅
の醍醐味です。
それも徒歩が一番いい。
仁淀川町の観光振興における
昨年度の住民による「仁淀川町観光ガイドの学校」でもいくつかの
神社を訪問しましたね。例えばここクリック ↑
仁淀川町は歴史のタイムカプセルだなあ~
SEE YOU!