秀子との一日は介護師の暖かいおしぼり配布から始まる。
秀子の小さくなった顔をお絞りで拭いてやる。よく咳が出るために毎日100メートル走でもしているように汗をかいている首、鎖骨のほうも拭いてゆく。
秀子は何時も歯磨きを丁寧にする。
墨の入った歯磨きを入院のときもって来ていた。
歯ブラシに歯磨き粉をつけて秀子に渡す。秀子は左を下に横臥しながら、歯を磨く。
口をすすぐために洗面器を用意して、水の入ったコップを渡す。
秀子は口をすすぎ、洗面器にすすいだ水を吐く。
検温と血圧、点滴の様子を見に看護師がやってくる。
その合間を縫って自分の洗面を済ます。
朝食が配られる。
一般患者と特に変わらない食事が運ばれる。でも入院して、気功師から言われるように玄米のお粥を1日5.6回に分けて食べさせていた。
アワビを入れた柔らかいお粥を妹の美佐子が仕事の合間に作って持ってきてくれた。
殆どの場合はそのお粥を食堂にある電子レンジで暖め食べさせた。本当は鍋で暖めるのが良いのだけど、、。秀子は毎回「とっても美味しい」といって食べた。
病院から配られる副菜も「食べたい」と秀子が言えば(特に肉は控えたが)食べさせた。
食事のときは何時も一緒に秀子と食べた。
秀子にどんなおかずが来たのか見せながら、「食べたい」と言うものを口に運んで食べさせた。
秀子は「美味しい」と言いながら微笑んで食べた。
入院したての頃、秀子は一度懸命に自力で座ろうと、自分の体を動かして横臥の姿勢から体を起こして、私にベットの角度を調節させ、一度だけベットに座ったことがあった。
それを見ていた輝夫は「スゴイ。 やれば出来るじゃない。」と言って喜んだ。それを見て秀子は嬉しそうに微笑んでいた。
きっと、輝夫が喜んでくれる顔を見たくてもっと頑張ろうと思ったのか、「寝てばかり居たら体が動かなくなるからね。運動しないと、、」と言って私に足を動かしてくれと頼んだ。
足の屈伸10回、腕の曲げ伸ばし10回、片足上げ10秒ずつ。後に20回になったがしかし、一週間くらいしか続けられなかった。呼吸が苦しかったのだと思う。
私が日本に来て秀子の看病を始めてから、仰向けの練習や右を下にして横臥する練習もした。
その後最初に気功師が来て気功を受ける時、仰向けに寝た時以来、左を下にして横臥している。
同じ姿勢では大変なので、クッションを足の下、足と足の間、腰の下、肩の下に移動させる。私は看護のプロではないので、よく分からないことも多い。
美佐子が時間のあるときに来て何処にクッションを置けば秀子が楽になるか教えてくれた。本当に良い姉妹を持って幸せである。美佐子は秀子の看護に、そして久子は秀子の一人娘の蘭子の世話をしてくれている。
ある晩、看護婦が私を呼ぶので廊下に出てみた。
「姉さん、エリカが風邪に罹って熱が在るけど、如何するね?家に帰ってこんで良かと?」と美佐子の夫秀樹が訪ねてきた。美佐子が夜勤をしていた。
今風邪が流行っていた。
もし、私がエリカの看病にいったら風の菌を持ってきて、秀子に移してしまう可能性があった。
エリカは可哀想だったが今エリカに会いに行けなかった。
「今は、風邪が移るといけないから行けないんだよね。秀樹さんすみませんが宜しくお願いします。」
「分かりました」と言って秀樹は帰っていった。
その晩エリカには美佐子の4番目の娘ユキが添い寝をしてくれた。
私とエリカがフィンランドに帰るときが近付いていた。
人名地名は架空のものです。
今日もブログを訪ねて下さり有難うございます。皆様が幸せでありますように。
秀子の小さくなった顔をお絞りで拭いてやる。よく咳が出るために毎日100メートル走でもしているように汗をかいている首、鎖骨のほうも拭いてゆく。
秀子は何時も歯磨きを丁寧にする。
墨の入った歯磨きを入院のときもって来ていた。
歯ブラシに歯磨き粉をつけて秀子に渡す。秀子は左を下に横臥しながら、歯を磨く。
口をすすぐために洗面器を用意して、水の入ったコップを渡す。
秀子は口をすすぎ、洗面器にすすいだ水を吐く。
検温と血圧、点滴の様子を見に看護師がやってくる。
その合間を縫って自分の洗面を済ます。
朝食が配られる。
一般患者と特に変わらない食事が運ばれる。でも入院して、気功師から言われるように玄米のお粥を1日5.6回に分けて食べさせていた。
アワビを入れた柔らかいお粥を妹の美佐子が仕事の合間に作って持ってきてくれた。
殆どの場合はそのお粥を食堂にある電子レンジで暖め食べさせた。本当は鍋で暖めるのが良いのだけど、、。秀子は毎回「とっても美味しい」といって食べた。
病院から配られる副菜も「食べたい」と秀子が言えば(特に肉は控えたが)食べさせた。
食事のときは何時も一緒に秀子と食べた。
秀子にどんなおかずが来たのか見せながら、「食べたい」と言うものを口に運んで食べさせた。
秀子は「美味しい」と言いながら微笑んで食べた。
入院したての頃、秀子は一度懸命に自力で座ろうと、自分の体を動かして横臥の姿勢から体を起こして、私にベットの角度を調節させ、一度だけベットに座ったことがあった。
それを見ていた輝夫は「スゴイ。 やれば出来るじゃない。」と言って喜んだ。それを見て秀子は嬉しそうに微笑んでいた。
きっと、輝夫が喜んでくれる顔を見たくてもっと頑張ろうと思ったのか、「寝てばかり居たら体が動かなくなるからね。運動しないと、、」と言って私に足を動かしてくれと頼んだ。
足の屈伸10回、腕の曲げ伸ばし10回、片足上げ10秒ずつ。後に20回になったがしかし、一週間くらいしか続けられなかった。呼吸が苦しかったのだと思う。
私が日本に来て秀子の看病を始めてから、仰向けの練習や右を下にして横臥する練習もした。
その後最初に気功師が来て気功を受ける時、仰向けに寝た時以来、左を下にして横臥している。
同じ姿勢では大変なので、クッションを足の下、足と足の間、腰の下、肩の下に移動させる。私は看護のプロではないので、よく分からないことも多い。
美佐子が時間のあるときに来て何処にクッションを置けば秀子が楽になるか教えてくれた。本当に良い姉妹を持って幸せである。美佐子は秀子の看護に、そして久子は秀子の一人娘の蘭子の世話をしてくれている。
ある晩、看護婦が私を呼ぶので廊下に出てみた。
「姉さん、エリカが風邪に罹って熱が在るけど、如何するね?家に帰ってこんで良かと?」と美佐子の夫秀樹が訪ねてきた。美佐子が夜勤をしていた。
今風邪が流行っていた。
もし、私がエリカの看病にいったら風の菌を持ってきて、秀子に移してしまう可能性があった。
エリカは可哀想だったが今エリカに会いに行けなかった。
「今は、風邪が移るといけないから行けないんだよね。秀樹さんすみませんが宜しくお願いします。」
「分かりました」と言って秀樹は帰っていった。
その晩エリカには美佐子の4番目の娘ユキが添い寝をしてくれた。
私とエリカがフィンランドに帰るときが近付いていた。
人名地名は架空のものです。今日もブログを訪ねて下さり有難うございます。皆様が幸せでありますように。