エリカは日本行きが楽しくて嬉しそうだ。私は秀子の病気を詳しくはエリカに話さ無かった。2週間の日本行きだ。エリカの学校から休みを貰った。珍しく宿題を貰った。エリカの教科書や衣類、お土産のGEISHAという名のチョコ、キシリトールのフィンランドのガム、オーロラ色のスカーフ。みんな軽いものばかり。主人はまた一人になる。
「秀子さんに宜しく。お父さんとお母さんにも宜しくネ。」空港でハグして送り出してくれた。
大阪空港から夜行バスに乗って実家の近くで降りる。
『お帰り。大変だったね。」
久子が迎えに来てくれた。久子の嫁ぎ先はバスの停留所のすぐ近くにある。久子の夫も優しいいい人柄だ。今は商工会議所の役員をしている。忙しそうだ。
焼物も不景気だ。昨今大手の100円ショップなどでも可愛い皿や茶碗は幾らでも買える。日本が不景気なのが一番の理由だ。私たちが小学生の頃は陶器市が開かれると全国から来る車で国道が渋滞したり、市の立つ道路には西洋人の姿がたくさん見られた。陶器市も余りにぎやかでなくなった。と久子は話した。
「ヨウコさん久しぶり。よく来たね。」久子の車で実家に着くと居間から私たちが車で国道から私道に入ってくるのを見つけて母が玄関へ出てきた。
「エリカさんもいらっしゃい。」と笑顔で迎えてくれた。
父はどっかりとソファに座ったまま犬のマリと私たちを中で待っている。
「ただいま。お世話になります。」「こんにちわ」エリカも挨拶をする。
「いらっしゃい。」
エリカは犬のマリに夢中になった。
久子も家の中に入り話の輪に入る。
「末期のガンでも治る人も居るって言うじゃない?」
「そうってヨ。癌だから死ぬって思ったらいけんとヨ」母が言う。
「お父さんも初期の癌で手術して、痩せもせんで元気になんさった。」と母は続けた。父は胃がんの初期で手術をした.70歳を過ぎてからの手術だった。胃の半分を取ったが経過は良好、殆ど痩せもしなかった。
父は黙って聞いている。皆希望を持ちたかった。皆で秀子を守って愛したら癌が治るんだと思いたがっているようだった。
キセキが起こるためには何が必要なんだろう。私は考えていた。
今頃秀子は私がすぐに会いに来てくれるか待っているかもしれない。
母の料理はいつも美味しい。
両親は家のそばにある畑を二人で仲良く耕し、手作りの梅干しや切り干し大根を作ったりして、私たち子ども達に配る。手作りの切り干し大根の煮しめが私は大好きだ。母は「何にも無いね。」というがこれが私とエリカのご馳走だった。納豆を食べれるのも嬉しかった。両親の手作り奈良つけ、たくあん、すべてが美味しかった。
「久子さん、あんたん家は夕飯作ってあっとね?無かったら、煮付けば持って行きんしゃい。」母が煮しめをパックにつめている。
久子は私たちと一緒にご飯を食べて帰っていった。明日の朝久子が秀子の家に車で私とエリカを送っていくことになった。
お土産を実家に残して荷物の殆どを秀子のうちに持っていくつもりだ。
日本に居る間、秀子と一緒に過ごそうと思った。
「秀子さんに宜しく。お父さんとお母さんにも宜しくネ。」空港でハグして送り出してくれた。
大阪空港から夜行バスに乗って実家の近くで降りる。
『お帰り。大変だったね。」
久子が迎えに来てくれた。久子の嫁ぎ先はバスの停留所のすぐ近くにある。久子の夫も優しいいい人柄だ。今は商工会議所の役員をしている。忙しそうだ。
焼物も不景気だ。昨今大手の100円ショップなどでも可愛い皿や茶碗は幾らでも買える。日本が不景気なのが一番の理由だ。私たちが小学生の頃は陶器市が開かれると全国から来る車で国道が渋滞したり、市の立つ道路には西洋人の姿がたくさん見られた。陶器市も余りにぎやかでなくなった。と久子は話した。
「ヨウコさん久しぶり。よく来たね。」久子の車で実家に着くと居間から私たちが車で国道から私道に入ってくるのを見つけて母が玄関へ出てきた。
「エリカさんもいらっしゃい。」と笑顔で迎えてくれた。
父はどっかりとソファに座ったまま犬のマリと私たちを中で待っている。
「ただいま。お世話になります。」「こんにちわ」エリカも挨拶をする。
「いらっしゃい。」
エリカは犬のマリに夢中になった。
久子も家の中に入り話の輪に入る。
「末期のガンでも治る人も居るって言うじゃない?」
「そうってヨ。癌だから死ぬって思ったらいけんとヨ」母が言う。
「お父さんも初期の癌で手術して、痩せもせんで元気になんさった。」と母は続けた。父は胃がんの初期で手術をした.70歳を過ぎてからの手術だった。胃の半分を取ったが経過は良好、殆ど痩せもしなかった。
父は黙って聞いている。皆希望を持ちたかった。皆で秀子を守って愛したら癌が治るんだと思いたがっているようだった。
キセキが起こるためには何が必要なんだろう。私は考えていた。
今頃秀子は私がすぐに会いに来てくれるか待っているかもしれない。
母の料理はいつも美味しい。
両親は家のそばにある畑を二人で仲良く耕し、手作りの梅干しや切り干し大根を作ったりして、私たち子ども達に配る。手作りの切り干し大根の煮しめが私は大好きだ。母は「何にも無いね。」というがこれが私とエリカのご馳走だった。納豆を食べれるのも嬉しかった。両親の手作り奈良つけ、たくあん、すべてが美味しかった。
「久子さん、あんたん家は夕飯作ってあっとね?無かったら、煮付けば持って行きんしゃい。」母が煮しめをパックにつめている。
久子は私たちと一緒にご飯を食べて帰っていった。明日の朝久子が秀子の家に車で私とエリカを送っていくことになった。
お土産を実家に残して荷物の殆どを秀子のうちに持っていくつもりだ。
日本に居る間、秀子と一緒に過ごそうと思った。