五月五日、いよいよ池造り着工の日である、人だかりで一杯の彦さん家の裏畑では神主さんが恭しく祝詞を挙げ始めた。

裏庭は教育長から小学校の校長大学教授と集まり、次々と彦さんに握手を求め彦さんは大袈裟にしないでくれと握手の度に言っている。

大学生と高校生の合同会議は何回か開かれた。其の度に彦さんを始め大工の杉夫君や農業の石山さんも呼ばれ、私にピチピチした可愛い娘が沢山居るぞオメイ。と、鼻の下を長くして自慢したものである。

オメイ等に飲ませる酒は無い。と新潟君はいま流行のギャグを飛ばしながら高校生にジュウスを配り歩き上機嫌だ。

杉夫君などは早くもピチピチギャルを二次会に誘い始め、池造りなど忘れたみたいだ。

そんな姿を眺めていたリス蔵はそっと私の耳元に口を近付け、若い娘も好いなと羨ましそうに呟いた。

山形さんがリス蔵を見付けたかと思うと、何やら相談を持ち懸けた。

市役所に宴会場を設けたが、彦さんが嫌がるのでダルマストアの奥座敷を貸せと言って来たのだ。

幾ら広い座敷でも五十人では狭すぎる。

歓んだのはピチピチギャルと密着できる杉夫君だけで、スナックの奈々ちゃんは歯軋りをしながらホステスさんを連れ帰ってしまった。

新潟君は高校生と大学生をファミリーレストランに連れて行くと言い、薄い月給袋は今日で底を尽いたと私と局長に三千円づつのカンパを募った。

今月は始まったばかりなのに両親との箱根旅行が重なった為に早くも財布は底を尽き、華子さんの怖い顔に前借を頼まなくてはならないと思うと、私から三千円も取り上げる新潟君が憎らしくなった。

キャァキャァと跳ねるような声のピチピチギャルは、小父様また後でねと言いながら笑顔で手を振ると、クルッと向きを変えて新潟君の後を追い、杉夫君にポカンと口を開けさせて見送くらせた。

あん畜生と苦虫を噛み殺す顔をする杉夫君を可哀相に為った私は、スナック奈々に誘って慰めようとしたのは間違いだった。何故なら秋田杉夫君は矢鱈とアルコールに強いのだ。

「俺は悔しくて言うんじゃ無いぞ、悔しくは無いが新潟の野郎は面白く無いぞ」

「そうだ、面白く無いな。俺から三千円も取るなんて」

「そうじゃ無いよ、俺はだな。まぁいいか、千三ツに言っても始まら無い」

「何よ、秋ちゃん。私の賢ちゃんに文句あんの」

「何だよぅ、ママのくせに昼から酔ってて好いのかよぅ」

「酔って悪いかい。何んだい、此処に奈々って店が在るのにダルマの奥座敷を使うなんて。そうでしょう千三ツさん」

「山形さんは役人だから抜かり無く二次会の流れは此の店にするよ」

今月の私は運に見放されたのか、悪いほう悪い方へと流れが進み今度は奈々ちゃんが私に絡み出した。

ヒーヒーと悲鳴を上げながらも応酬のジャブを繰り出して居るそんなところに、一応は儀礼的な挨拶を済ませた局長が石山さんと共に遣って来て、ホステスの好美ちゃんと二人でママを上手く宥めながら寝かせてくれた。

「彦さんも呆けられないな。若い嫁さんを持つと大変だ」

今では数少なくなった専業農業の中の一人である石山さんは、グラスを舐めながら考え深く呟いた。

「ウンまだ孫も小さいし、まだまだ此れからだな」

歳の離れた彦さん夫婦だとは解るが、気持ち良く老けられない理由はと私と杉夫君は興味をそそられ、大金持ちが何故大変なのかと局長に聞かずには居られなかった。

「千代さんは後妻さんなんだよ。其れも弟の嫁さんを後妻にしたから子供達は仲が悪いんだ」

「そうだったの、俺と同じ様に歳の離れた夫婦で親しみを持っていたが」

「末弟を大学に出したのが間違いだった。末弟だけが大学に行けるのは不公平だと兄弟中で諍いが始まり、前の奥さんは嫌気を起こして出て行ったんだよ」

「でも其れは彦さん兄弟の諍いだろう、子供達とは無関係だと思うが」

「長男は前の奥さんとの子供で、次男は千代さんの子供だよ。末弟の兵庫さんは内ゲバで死んだが千代さんの腹に子供を残していたんだ。それが次男で自分の子供にして育てあげた彦さんの愛情だよ。兵庫さんは俺達の二歳上だから良く知っている」

「問題は見難い財産争いかい」

「子供だけなら良いけど、まだ先祖からの相続が済んでいないらしいよ。千代さんを憎みきっているからな他の兄弟は。彦さんはあの様に朴訥とした人だろう、口足らずが彦さんの愛情を兄弟には伝わっていないと俺は思うな」

「行政の金を入れたく無いのは其の所為もあるな、きっと」

私の思った通り、山形さんは二次会の流れに教授や教育長を連れて来た。好美ちゃんともう一人のホステスさんは景気良くビールの栓を抜き、私のオッパイと教授のハゲ頭とでは、どちらが艶色が良いかなどと笑顔を振りまき出した。

杉夫君の飲み代も市役所の払いで済むと思えば、急に喉が渇く卑しい本性をもろに出す私は助かったと胸を撫で下ろした。

労働者が高らかに権利を叫ぶ日のメーデーは明後日である。私の小遣いアップ作戦は二日も前から華子さんに要求しているが如何も上手く運ばない。

「好い加減にしてくれない。何処の世界に社長自ら春闘の旗を揚げる会社が有るのよ貴夫は」

「利蔵も社長だよ、利蔵が五万円で俺が三万円は不公平だと思わないかい」

「思わないね、彼の人は働くもの。貴夫も働いてごらん五万円にしてやるから」

私はアパートの住人が早く出て行ってくれれば良いなぁと思った。そして卒業式と入学式が年に二回あれば好いのになぁとも思った。

だけど自分にも今年の秋には運が向いて来そうだ。素人の小野婆さんに騙されて買わされた土地を、病院が買って呉れそうなのだ。

華子さんが漸く貴方のお嫁さんに為ってあげると返事を呉れたのは三十年前である。

そんな有頂天の私を煽て上げた小野婆さんは、手持ちの土地と地続きの土地を買わせ病院の駐車場に売りつけ様と企んだ挙句、コロッと詐欺師みたいに死に私をアパート斡旋と仲介業に転落させたのだ。

華子さんに頭が上がらないのは後二つ有る。残った此の土地に彼の日からの華子さんは、実家で学んだ美容院を開店して家計を助けて呉れているのだ。だから私はまだ華子さんに彼の土地が売れそうだとは言い無い、フンと鼻を括られそうだからだ。

もう一つは、結婚式の費用も新婚旅行の費用も華子さんが出して呉れたのだ。私に金が無かったのではない、あの小野婆さんは私に随分と儲けさせ信用を絶大なものにさせた上で、全財産を土地に投資をさせたまでは良かったのだ。

其の後がいけないのだ。コロリと死んだ婆さんの不調法を、医者の所為にする馬鹿息子に病院が腹を立てて三十年、やっと其の馬鹿息子が死んでくれたのである。其れを待っていたように病院の職員宿舎建築と入院病棟増築構想が持ち上がってきたのだ。

だから私は華子さんを騙して結婚したのでは断じて無い。なのに、今も健在な両親は私を結婚詐欺師と敵意の眼差しで見詰めている。

だけど華子さんに結婚を説得したのは、私よりも彼の両親の方が積極的だったんですからね、言っておくけど。

小遣いアップ作戦には理由がある。明日は小田原に行かなくてはならない、華子さんの妹が三十一年振りに結婚式を挙げるからだ。再婚では無く当時は貧乏で結婚式を挙げられなかったからである。

私はこの際に両親と共に箱根の温泉に一泊しょうと、予約を取ってあるのだが若干の金額が不足したのである。

私を叩き起こした次女の道代さんは、勝手にパンを焼いて食えと言う。華子さんの頭を二人の娘は弄っているが、形が定まらず苛立って居るみたいだ。

もう私の視力では遠乗り運転など危ないと娘達のブーイングに遭い、已む無く電車で行く事にしたのだが、何十年振りかの電車は浦島太郎の気持ちだった。

都会の人は忙しそうだ。混み合う電車の中でも化粧をするほど忙しい。エスカレーターを駆け上がるほど忙しく、動く舗道を歩くほど忙しい都会には、私など住める筈ないと思った。

美女達はお尻を隠しながら階段を登って行く。ある女などは堂々とお尻を見せながら登って行く、私は慌てて目を反らしたが何だか損をした気分に為った。花柄のパンテイもフアッションの一部だと思った時には登りきって居たからだ。

華子さんはキョロキョロするなと私の脇腹を突く、私も色々な人を見て来たが鼻に輪を付けて居る人を見たのには驚いた。昔は牛が鼻に付けていたのだ。あの男も誰かに手綱を引かれなければ働けないのかも知れないと思うと哀しくなった。

東京駅のホームでは両親がチョコランとベンチに座り待っていた。月に二度はご機嫌伺いをしているのだが、カカア天下の家庭は我が家と同じで儀父は私にだけ威張れる。

小田原駅では甥の正樹君が待っていた。長女の由美より一つ年下の大学生だ。

「アルバイトで両親に良いプレゼントをしたね」

「違いますよ、姉が社会人に為った記念に宝くじを買ったら二等の一億円が当ったんですよ」

「うっひやぁ一億円も当ったの、好いなぁ俺にも当らないかなぁ」

「伯父さんも買っているの?」

「否、買ったことは無いが」

「其れは虫が良すぎるよ。責めて三百円は投資しなきゃあ」

華子さんは私を軽蔑の眼差しで睨み、ご両人への祝辞を忘れるなと態と緊張をさせた。意地悪な女房だ、緊張すると口が篭り美味い料理を味わいないではないか。

何事も無く料亭に着き、一服したかと思うと儀父は私に意地悪な質問をして来た。

「まぁお前も真面目に遣っているようだから何よりだ。ときに由美から電話がきたが何処のホテルとは言は無かったな、一泊かい二泊かい?」

もう嫌だ、一泊などと言わせ無い聞き方ではないか。

涙の結婚式は搭が立った二人を囲み、豪華な食事で始まった。涙の二人に構わず次ぎから次ぎと出てくる料理に目を奪われながら、食指を止めぬ私に華子さんは、一言祝辞を言えと私の箸を取り上げた。

「えーっ一億円、いや取り消し。えーっ三十一年間の苦労が実り、今日はご子息とご令嬢の執り成しにより、三十年前の初初しい新婚気分を思い出したことでしよう。本日からは二人だけの将来を考えて歩んで行くことを願い、本日は好いご子息を育て上げた事と併せて、お目出とう御座います」

「俺からも一言追加をさせてもらうよ。今日の費用は一億円も儲けた北野に任せるとして、さっさと旧婚旅行に送り出そうと思う。俺達も箱根に新婚旅行だわな、そうだ孫達も介添人として同行させるかい?」

またまた其れを言う、私は華子さん助けてえー。と悲しい顔で助けを求めた。

私はまたもや華子さんに頭が上がらなくなった。そして両親の老い方を見た私は、もうそろそろ我が家に呼び寄せて一緒に暮さなくてはと強く思った。

俺れ、部長。彼ん畜生に付けられた名前だ。言っちゃあ何だが此の家では一番の名家の出だぞ俺は。

なのに彼ん畜生は駄犬だ、駄犬だと大きな声で言いやがる。

一応は社長と持ち上げられているが専務の華子さんにかかっちゃあ糞味噌だ。何てったって此の家では専務が最高権力者だもの。

言い忘れたが此い奴が課長で俺の倅だ。

まだ若いから雌犬を追いかけ回して仕事など放ったらかしで困って居るが、泥棒などに狙われる家でも無いから気侭にさせている。

ホレッ。柿の木の枝で眠って居る雄鶏がいるだろう、あれが係長だ。我が家では一番の幸せ者で、所構わず雌鳥達を犯し捲くってはあの様に一日中眠って体力の回復だけをはかり、野郎ども朝だどぅ、と目覚すのが彼の役目だ。

何しろ雌鳥達も可哀相なんだよ。餌さは自分で見付けて卵だけは此処に産って、ポリバケツの中に干草を入れて置く人で無しなんだから。

だけど俺は涙を飲んで係長に一日に一個は卵を生ませろと言い聞かせているんだ。何しろ彼ん畜生は卵を産まないと本当に肉とスープにする、畜生にも劣る奴なんだから。

まぁ如何言う人かと聞かれたら俺は馬鹿だと答えるね。二月だったかな、俺と課長を車に乗せて遠くの原っぱに行ったんだ。

この俺様に雉を追い出せだってよ、ばかばかしくって遣って居られ無いから俺と課長は昼寝だよ。

そしたら彼の野郎は一人でノコノコ歩き回り、兎を見付け出して追い出したかと思うとバンバーンと二発も続けて撃ちやがった。

俺達は笑ったね、あんなに慌てて撃っちゃあ当ら無いに決まっているもの。

其れからと言うものは彼方にウロウロ此方にウロウロで昼飯に為ったが、あの野郎は専務に作って貰った御握りを忘れる馬鹿なんだ。

仕方無いから涌き水の有る所に引っ張って行って遣り、一羽ぐらい獲ら無いと格好付か無いだろうと追い出して遣ったが、一発も当ら無いと来たもんだ。

腹が減っているのに一羽も獲れないで歩き廻った挙句、相棒だと煽てて乗り回していたボッコレ車が息切れのストライキだろう、参ったね。

今時携帯も持たない奴なんかを誰も迎いになんか来ないし、空っ腹でトボトボと歩く姿など他人に見せられたもんじゃ無かったよ。

また此んな時ほど知り合いの車は通らないもんなんだ。

小一時間ばかり歩いたかな、漸く軽トラックが大かい音をたてて登って来たね。山一ツ向こうの山梨さん夫婦でデコスケ野郎の知り合いだから俺は助かったと思ったよ。

「其の様子ではオデコだな、早く獲らないと陽は直ぐに落ちんぞ」

泣きそうな顔で車が壊れたと懇願したデコスケに、仕様が無い社長だなぁと山梨さんがクルッと向きを変えて呉れた荷台の寒いこと、毛皮を着ている俺達でも震い上がったくらいだから、デコスケの顔などは見る間に白くなり唇だけが紫色に変わってきたんだ。

俺は今度こそ懲りて鉄砲など止めると思ったね。

華子さんだって丁寧に山梨さんに礼を言ったかと思うと、俺の頭を胸に抱えて寒かったろうと頬擦りをしても、デコスケなどには目も呉れずフン馬鹿が、勝手に飯を食えと目も呉れなかったんだから。

だけど課長野郎の嫉妬にも困ったもんだ、自分の頭も撫ぜろと華子さんの顔をぺろぺろ舐めて親の俺を突き飛ばすんだから。

俺も甘やかし過ぎを反省しなくちゃいけねいな。

昨日だってそうだ、大工の杉夫さんと春一番で壊れた庇をガンガンと打ち付けていたかと思うと、専務に言い付けられていた床下修理を忘れてスナック奈々に飲みに行っちまいやがった。

挙句にこっぴどく怒られた腹癒せに、係長を卵が少ないと脅す馬鹿野郎が俺の主人だから泣けてくる。

杉夫さんも請け負った家の他に、移動月の営繕の仕事が彼方此方の不動産会社に頼まれ忙しいのだ。ブラブラしているのはデコスケの不動産屋だけだ。

なのに、彼い奴には他人に負けまいとする気構えが無いんだな、まぁ馬鹿だからどうしょうもないとは分かっているんだが。

「本当にもう!一寸綺麗な娘が来たからって秋田さんと張り合って奈々に行くこと無いじゃないのよ!今日こそ杉夫さんに直して貰ってね、床板がギシギシ鳴って御客さんが抜けやしないかとビクビクしながら歩くんだから」

どうも相撲取りのようなアフロヘアーの外人さんが、喜びいさんで飛び上がった調子に傷んだらしい。

いい気味である、俺はもっと言ってやれと胸の中でニヤ付いた。俺を駄犬だと蔑んだ罰だ、世が世なら御犬様だぞ、俺は。

その馬鹿が止せばいいのに垂木で補強をしようと床下に潜り込み直したまでは良かったが、却って方々の所で鳴り出してしまったと来たもんだ。

まぁデコスケの様な馬鹿につける薬は無いと言う事だな。

それにしても専務は良く出来た女だ、あんな亭主でも三人の娘を産んで遣ったんだから。其の上粗方の生活費は専務が稼ぎ出して居るんだぞ。

髪結い亭主なんだよ、彼の野郎は。やれ鉄砲だ、やれ釣りだと言って仕事など放ったらかして一年を過ごしている馬鹿だ。リス蔵なんて悪口を言いた義理じやぁ無いんだよ。

どっちかと言うと俺は長女の由美ちゃんが好みだな。円くポチャとしていて、まだ若くて円熟味とは言い無いが何とも言い難く好いんだよ。

だけどあと二三年で嫁に行くな、感だけど俺はそう思う。

そりやぁ三人の内で美人と言うなら次女の道代さんだ。昔のマリリンモンロウって女優を知っているかい、俺は古い雑誌を見て最近思ったな。

頬っぺたに小さい黒子があって色っぽい唇でニコッとされてみな、思わずぺロッと舐めたく為るから。だけど其の黒子を嫌だと言う乙女心だが、昔気質の俺には解ら無いな。

とかなんとか言って来たけど俺には華子さんしか居ないよ、日和見な野郎だと言われようが俺の命を握って居るのが華子さんだもの。

彼い奴が俺に飯を呉れる時と言ったら、鉄砲の時と華子さんの旅行の時だけだぞ。

旅行と言えば一ツ不満がある事を思い出した。華子さんと久里子さんは房子さんを強引に誘ってアメリカ旅行の計画を立てて居るんだ。

房子さんは語学堪能だろう、安心して旅行に行けるってもんだ。

俺の不満は飛行機には体重制限が無いって事だ、責めて三人には体重制限を設けてアメリカ旅行を諦めさせて欲しい。一週間も留守にされてみろ、俺は彼い奴に御座りや待て処か、御手までしなくては為らないんだぞ、オメイ。