禁煙節酒

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出逢ったすてきな人を忘れないように日記にする。
むさ苦しいヒッピー、バックパッカー、アル中の松山ソウルメイツの記録

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最近ネクラだなー、っていうメモ

11/4 丹沢・塔の岳
鍋割山が中止になって暇だのでお隣の山に。丹沢は人気ですなー
ヤビツ峠(9:10)→→二の塔→三の塔→塔の岳(12:40)
塔の岳(13:30)→見晴(15:00)→大倉BS(15:40)
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11/10 奥多摩・川苔山
遊んでくれる友達いないので奥多摩に紅葉見に行った。ばっちりだった
川乗橋バス停(08:15)→百尋の滝(09:30)→川乗山山頂(10:50)
下山開始(11:50)→鳩ノ巣駅着(14:00)
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11/24‐25 東京最高峰・雲取山

1日目:鴨沢(9:30)→堂所→ブナ坂→奥多摩小屋(15:30)→雲取山山頂(16:00)→雲取山荘(16:30)
2日目:雲取山荘(8:30)→雲取山山頂(9:00-10:00)→七ツ石山→七ツ石小屋(?-13:30)→鴨沢バス停(15:00)

トモイエローが雲取山誘ってくれて2人で登りに行くことになった。
今まで富士山やサクッと行けるとこしか行ったことないので、これがわたしのハイキングデビューな気がする!
緊張したのでステキ山グッズを買おうかと思ったが、物に頼って工夫する努力しなくなったらつまんないのでやめた
野菜を干し野菜にして持ってった、なんとなく貧乏くせえ思ったが、なんとなくクウネル的と自分に言い聞かせた
持ってるものモンベルばっかでダセーと思ったが、わたしは山ガールじゃないからいいんだ、と言い聞かせた
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雲取山は最高だった!
登山道は歩きやすく、低い所では紅葉がうっとりするくらい綺麗。ブナ坂からは視界が開けて美しい稜線を眺めながらの山歩き。
山頂からは富士山、南アルプスがとってもきれいに見える。白馬や立山、スカイツリー(でかすぎ)も見えた
山登り嫌いな私もこの山なら楽しく登れるわ~

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お昼ごはん作る時にスプーンでベーコン切ろうとしたらスプーンが割れた。
こりゃ、木の枝を箸にするしかないかな(トホホ)と泣いてたら、すぐ目の前に何故か銀のスプーンが落ちてた!
スプーンが割れたのも、スプーンを拾ったのも人生で初めて、ラッキー
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テントを張った雲取山荘がある北側は全く違う世界だった。雪!アイゼンが必要
夜はテントの中でホットワイン祭り。イエローお手製のサングリアはスパイス、フルーツたっぷりで美味しい。お酒の軽量化だけは図りません。
気温は氷点下、色んなものが凍ってしまった。トモイエローの頭も凍ったらしい
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下山途中、最後にビールを飲みによった山小屋のお兄ちゃんが何故かヒッピー風
トモが「こちら界隈の雰囲気がする」と言って話しかけると超ナイスなハッピー兄ちゃんで、ついつい長居。
今度は山歩きではなく、この小屋で宴会するために来ることにした。
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トモも私もこの日同じタイミングで風邪ひいてて、薬飲みながら山登って雪の上で野宿するなんて2人してあほか。
わたしは目の調子が悪くてコンタクト片目しかつけてなかったが、それは案外いけた
山の上でコーヒーにウイスキーを入れて飲むのがめちゃくちゃ美味しい
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12/8 三重・御在所岳 
きとしんと山に行くことに。山頂付近は吹雪つけてて大変だった
鎖場や梯子いっぱいで面白かったし、雪遊びもできた~
駐車場(09:30)→登山道入り口(10:00)→山頂(12:00)
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バラナシへ。ヒンズー教の聖地の一つ。死者の集まる街。
そして、日本人旅行者がやたら集まる街・・・!

迷路のようになった道の土地勘をつけるため炎天下のなかひたすら歩いた。
ブッダガヤでは毎日寝てばっかりだのに・・・!
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やっぱりここは客引きやぼったくろうとする人、騙そうとする人がやたら多くてうるさいので、
インド人のキュートさをすごく感じる・・・!

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歩いているとやたら日本語で話しかけてくるインド人が多いが、特におもしろかった日本語
1、後ろから「いやぁ、映画って本当にいいもんですね~」と、完璧に水野さんだったのでふきだしざるをえなかった!
2、遠くから「おーい、ちびー!足みじけーぞー!」と叫ばれたので悔しいが認めざるをえなかった!

日本語を教えるときにはセンスが問われるな・・・!
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バラナシでは疲れたのでガンガをぼーっと眺めながらのんびりすることにした。結局本当に何もしなかった。
うるさいくらいインド人がよってくるので、彼らとヒンディー語の練習をしたりしていた。

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大きいほうの火葬場の近くのチャイ屋のお兄さんがかっこよくて、色んなことを教えてもらった。
その辺にいると色んな人が聞いても無いのに勝手に火葬場やガンガやバラナシの説明をしてくるので勉強にはなるが
このお兄さんの話はもっととてもおもしろいのでずっといてしまう。

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火葬場は24時間火をたやさずずっと死体を燃やしてはガンガにながし、を繰り返している。
そのそばの建物にはここで火葬されるために死を待っている者たちが大勢、燃えゆく炎を見つめている。
わたしはそれを眺めながらチャイ屋のお兄さんのかっこよさにドキドキしている。
隣に座っているサドゥー(修行僧)が編んでいる毛糸の小物、かわいいけど、暑苦しいなとか考えていた。

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バラナシの滞在は短かった。もっと長くいてもっとこの街の魅力を知りたいと思った。

お腹がすいたので、そこらへんにいた少年と安食堂へ行った。子供かと思いきや、19歳というので驚き。
iphoneを持ってるというので「うそつけよ」と思っていたら、デリーで騙されてお金がなくなった日本人から
1万ルピーで買ったと言う。なるほど、この少年本人の話じゃないかもしれないけど、そういうことはよくありそうだなあ。
楽しかったのでおごってあげようとしたらおごってくれたので、いやな予感。どっか店連れて行こうとか考えてるかも。
食堂を出て「このあとどうする?」って言われて「帰って寝る」って言うと「そっか、じゃあまたね!」と去っていった。
美味しかったよ。

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他にもレストランで食べたこのチャパティが格別に美味しかった。バター(ギー)が練りこんである?ので、
チャパティじゃなくてパラタかなあ?米を食べると「チャパティおいしくない?」って心配してきたので自信作なのか?
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バラナシからデリーに戻り、パハールガンジに戻るとやっぱりほっとしてしまう。
そして映画館近くの角のラッシー屋にいつも必ず行ってしまう!
いろんなところのラッシー飲んで、ここ別においしいわけじゃないことは知っているんだけど、ついついいつもここへ。
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あー、インドおもしろかった。笑いあり涙あり怒りあり感動ありでしたわ。
今回もやっぱり、ぼったくられたり変なところ連れてかれたりしたし。
ディップには「まゆは20回きても何回インドきても騙されるよ」って言われた。ほほほほほ。
「でも、絶対大変なことにはならないよ、あなたはいつもツイてるから」って言われた。
インドで嫌な思いした話よく聞けけど、インド人が日本人に嫌な思いさせられた話もいっぱい聞いた。
両方聞くとどっちも分かるし、日本人とインド人の考え方の違いからきているのだと分かるからなんとも言えないけど
インド楽しめないなら個人で旅行しないで団体ツアーで行ったらいいのに、悪口言わないでよん

またいつかインドに行ってしまうと思う、インドに呼ばれて。
インド人は不思議だ。じっと見つめるその目の奥にどんな世界が広がっているんだろう。
インド人の頭の中は宇宙だ。わたしはもっと知りたい、インド人の頭んなかを。
またね!
メイ バッド インド アウンギ
マイ トゥメイ エクバーン フィルセ デカナン チャンギフン
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わたしはずっとソニと一緒だった。
ご飯つくったり、お菓子食べたり、牛にミルクもらいに行ったり、抱き合って寝たり、近所に遊びに行ったり
村ではあまり英語が通じないので、言葉は使えないけど、不自由はなかった。
村の人は家族みたいで、みんなどの家も自由勝手に出入りしていた。
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この家での生活はなにもかもが快適だった。
まずわたしはずっと裸足でいたので靴が必要でなくなった。
右手で食べることが上手になり、何も道具がなくても自分で何でも食べられるという感覚を初めて知った。

ゴミ箱なんてなく、家の中の床に全部すてる、お菓子のビニールも生ゴミも(虫がたかる)。
料理で使った水も地面にすてる。
その地面で野菜を切ったり、ご飯を食べたりするし、そこを裸足で歩いてそのままベッドに座る。
もうなんだかよく分からないけど、自由になれた。

水場は一箇所だけで、トイレ、シャワー、食器洗うのも、洗濯も、水飲むもの全部同じ。
普段、トイレの水飲んだり、食べ終わった皿と鍋がおいてあるところでシャワー浴びたりしたことなかったけど、
むしろ、なんで分かれている必要があったんだろう、と思うようになった。

家の中はほんとうにシンプルで、家具家電はベッドとガスコンロ、テレビだけだった。
あとは必要な分だけの食器、服、食材しかなかった。それでもこれ以上生活に必要なものはないように感じた。

村を散歩していてマノジのおばさんに会い、チャイをご馳走になった。
この家はガスコンロがないので、牛糞を燃やして火を使う。
わたしはキャンプが好きで、焚き火がしたくなり、休日に非日常を楽しんでいるが、ここではレジャーではなく現実なのだ。
チャイを飲んでいると停電になった。マノジが「too much program」とつぶやいた。
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停電はしょっちゅうおこる。夜停電になると私とソニは屋上にあがる。月明かりと星であかるい。
屋上で寝転がっていると蚊にさされて、片二の腕だけ数えてみただけで40箇所。たぶん全身で200箇所くらい!
かゆくて掻くとソニが、掻いちゃ駄目ってオイルを塗ってマッサージしてくれた。
ソニが、駄目って言うとき、人さじ指を立てて首と指を横にふるジェスチャーがとびきりかわいい。

村から出る最後の日、グッドゥとソニからインドのパンジャビドレスのプレゼントをもらった。
びっくりしたし、うれしかった。
グッドゥが昼寝している間、ソニと2人で泣いた。ソニは頑張って話そうとしてくれて、いつか日本に行くと言ってくれた。
後からグッドゥに聞いたところ、ビザがが取れないから日本に行くことは不可能だと言っていた。
そのあとお母さんがやってきて、お母さんも寂しいって泣くからまた涙がでた。

夜はさいごの日といこうことで、マノジのいとこが大きな鍋で豪華なチキンカレーを作ってくれた。
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マノジのいとこは初めてあったけど、彼の息子は村で一際かわいいバブー(男の幼児のこと)で、いつも会っていた。
チキンは村の鳥だそうだ。チャパティもたくさん焼いた。この日のマサラはいつもと違い色んなスパイスを使っていた。
ガラムマサラをホールから作るのだ。いつもより香りが複雑でまたおいしかった。
停電していたので私たちはご飯とウイスキーを屋上に持って行き星空の下乾杯した。
気持ちよい風がふき暖かい人たちと美味しいご飯、これ以上必要なものは何もないんだと思う。
わたしが村にいた時間はひとときのマジックにかかっていたようだったとマノジが言った。

とうとう最後の時間になってしまった。ソニと一緒に隣のおうちに行く。女の人みんなで抱き合って泣いた。
ソニが自分も泣いてるくせに「まゆ、スマイル」って言うので一生懸命笑ったら、笑い泣きになってしまった。

グッドゥとソニはわたしをお姉ちゃんと言ってくれた。
インドに大事な大事な妹と弟と大好きな村ができた。
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ターリというローカルのお酒があった。英語ではエスカイジュース。
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やしの木で、自然に発酵されてできたナチュラルなお酒で、アルコールはビールと同じくらいあるそうだ。
昔、自分で酵母と砂糖で作ったお酒と似た香りがした。クセがあるんだけど、私はこれをとても気に入ってしまった。

マノジがバイクで村に迎えに来てくれたとき、途中、村のターリ屋に寄って連れて行ってくれた。
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土の壁で藁葺き屋根の飲み屋の前に米袋を地面にひいてそこに座って飲むというスタイルはたまらなく魅力的だった。
よる、村の男たちがターリを飲みにこのお店に集まってくるそうだ。
おつまみには、生のダールにスパイスをまぶして味付けしたものを葉っぱの上にのせて。
料理で使う乾燥した豆ではなく、生の豆で、これまた美味しい。
マノジは「まゆは変な笑い方するか面白いね。まゆが笑うとこっちまでハッピーになるよ」と言い、
2人で「ヒヒヒヒヒー!」って言ってふざけあっていた。

彼はターリを朝飲むのが好きだそうで、暑い朝に冷たいターリでしゃきっとして朝から元気になれるそう。
次の日から、マノジが迎えに来て一緒に朝も夜もターリを飲みに行った。
飲み屋は夫のパンデジーと妻のパリアンジーの夫婦でやっている。朝はパリアンジ、夜はパンデジがお店にたつ。
ターリを採りにパンデジが木に登り、体をはった大変な仕事らしい。
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マノジはわたしのヒンディー語の先生。結局ふざけて勉強にならないんだけども。
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毎日家にきて、ヒンディー語を教えてくれたり、村の散歩したり、マノジの家に行ったりして遊んだ。
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教えてもらった言葉を練習するためにパンデジーの飲み屋に行く。
「パンデジー、イクラスターリーデジャーナー!」(パンデジ、ターリ一杯くださいな)というと大ウケ。

この言葉が飲み屋だけじゃなく、村のみんなに大ウケで、ソニも近所の子供やお母さんもわたしの顔見ると
「パンデジー・・・(続きを言って!というニヤニヤ顔)」と言ってくるようになった。
そしてみんなで「ヒヒヒヒヒー!」って笑うのだった。
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村のララキー、ララカー、バブー、マイヤーたちとずっと遊びまわっていた。

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近くの村に住んでいる若い夫婦の家にお昼ごはんを食べに行ったんだ。
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ここの奥さんのご飯美味しいよ、と聞いていたどおり、おいしかった。
ダールにサブジ、ご飯、お昼ごはんの定番のスタイル。ダールをご飯にぶっかけてくちゃくちゃして食べる。

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美味しかったので、夜もご馳走になりに行き、作るところを見せてもった。
途中で停電になり、ろうそくのあかりの中、奥さんのソニと2人でチャパティを丸く伸ばしては焼いてを繰り返す。
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ナスのサブジも作ってできあがり。
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ソニとご飯を食べたあと、近所の子供たちと遊んでいるとマノジが迎えに来た。
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宿にもどったら荷物をまとめた。
次の日から私はこのおうちに泊まらせてもらうことになった。料理を教えてもらうのだ。
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ご飯作りはまず、マサラ作りから始まる。
地面に置いてある刻みの入った石で、ニンニク、唐辛子、ウコン、クミンなど、ホールのスパイスをすりつぶし、
ペースト状にする。使うスパイスはあまり種類は多くなく、シンプルなのは意外だった。
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ダールはお豆のカレーで、インド版お味噌汁のようなもの。
最後にテンパリングという、熱した油にスパイスを入れて香りを移し油ごと煮込んだスープ入れる工程で、
パンではなくお玉を直接火にかけていたのはなるほど、と思った。そのままぶち込んで、ダールをすくうのに使うのだ。
これ以外でもソニはよくお玉を小鍋のように使っていた。鍋類、食器類は全てシルバーで汎用性があるようだ。
お皿がふたになったり、コップの牛乳をそのまま火にかけたり。インド人の工夫の仕方に感心した。

ごはんを炊く。手笊でザッザッとおおまかなゴミをとばしたら、今度は地面に座って
小石や黒ずんだ米を一粒づつじっくり取りのぞいていく。
びっくりしたのは、ご飯は炊くのではなく、茹でるだった。大きな鍋にお湯を沸かし、そのなかに米を入れる。
茹で上がったらふたをずらして茹で汁を捨てるのだ。それであんなポロポロしたご飯ができあがるのか。

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お昼はご飯、夜はチャパティが基本だけど、よく食べてるのに驚いた。
お昼を作ったら私とソニでお昼ご飯1を食べて昼寝する。しばらくすると街に行っていた旦那さんのグッドゥが帰ってきて
お昼ごはん2を食べ、片付けと掃除をして昼寝の続き。起きたらお昼ごはん3を食べてグッドゥは街に戻って行く。
ソニはテレビ見たり、洗濯したり、近所でおしゃべりしたり、牛にミルクもらいに行ったりする。
そしてお昼ごはん4を食べ、晩ご飯を作り始める。ご飯も煮込んでる間、寝たりお菓子食べたりする。
ご飯ができたらソニと私で晩ご飯1を食べ、ダラダラしながらお菓子食べて遊んでいるとグッドゥが帰ってくるので
一緒に晩ご飯2を食べて寝る。1日何回食べてるの!!!
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いろんな料理を作ってもらったけど、どれもシンプルで、それでいて、すごく美味しい。
トマトのアチャーリは火に直接トマトを入れて真っ黒にするので、トマトがとってもあまくなる。
後に街の食堂で食べたのはソニの作ったものに比べて全然おいしくなかった。
お気に入りだったジョーカーという料理は簡単に言えばマッシュポテトで、焦がした唐辛子が香ばしくて本当においしい。
ソニはベジタリアンなので、お肉は全く食べなかったけど、豆や牛乳でたんぱく質はたっぷりとれてた。
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美味しいものをたべると本当に幸せになるね。


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列車に乗った。
3段ベッドの一番上。同じボックスには大家族みたい。
一つのベッドに何人も座っている。
わたしだけ広々とくつろぎながらも家族の子供達がこちらをチロチロみてくる。
わたしが足のマッサージをしているとマネして自分の足をもんでみている。
本を読んでいると覗きこんでくる。
話しかけるとはにかみながら笑顔をみせてくれる。
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ガヤに着くのは予定では朝9時くらいのはずだったがなかなか着く気配がない。
周りの人に「ガヤはまだ?通りすぎた?」って聞くと「次の駅だ」と答えるが次もまた違う。
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通り過ぎてたらコルカタまで行くかしら、と考えているとお昼すぎに
ガヤに着いたとまわりの人達が教えてくれた。
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いつのまにか仲良くなった人たちにお別れを言ってガヤにおりる。

ガヤの駅で待ち合わせしている友人を待ちぼうけていると、一度通り過ぎた人が戻って私のところにきて
「待ち合わせならこっちだよ」と駅の別の出口に連れて行ってくれた。どうやらメインの出口ではなかったようだ。
すぐに友人が見つかり、お礼の握手をしてその人は去っていった。
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ディップは2年前にインドに行ったときにリシュケシュで出会った友人だ。
彼はブッダガヤに住んでいて、ブッダガヤ から鉄道駅のあるガヤまで迎えに来てくれた。
ブッダガヤについて、マトンのカレーを食べた。
これがすごく美味しかった。
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ブッダガヤはブッダが悟りを開いたところ。
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インドへの旅に行ってきた。今回の目的は大好きなカレー。

飛行機でデリーへ。
機内食ってよく、ご飯にパンもついてきたりして主食多いって思うけど、
今回はメインがうな丼、おかずが海苔巻きと蕎麦、デザートがどら焼きっていう
100%炭水化物祭りにさすがに衝撃をうけた。
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メトロでNewDelhiSt.に行き、メインバザール側に行こうとするも
たくさんの輩に行くてを阻まれ、久々のインドを思い出してくる。

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宿決めてから食事にcpに行こうと歩いていたら、リキシャがやってきて
「後ろに乗ってる人と相席でこの人がお金払うから一緒に乗っていきな」というので
怪しさ満点にニヤニヤしながら乗る。結局、相席のイギリス人は全く別のところで降りたのに
ちゃんとcpまでタダだった。リキシャのおっさんの店つれてこうとするのも
イギリス人の「飲みに行こう」って誘いも「ヤダ」の一言ですんだのでラッキー

目的はcpのHotel Saravana Bharanの南インド料理。
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マサラドーサのセットを食べる。うまい。南インドはおなかに優しい。
今回の旅ではおいしいものを食べるのだ!
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サウスデリーで買い物。
前はサウスデリーの方までメトロができていなかったけどメトロで行けるようになって便利。
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INAでコリアンっぽい人に「マダム、どこ行くの?」って言われて、インドでは常にコレ聞かれるし
めんどくさいから「歩いてるだけ」って答えるクセがついてて言うと「そんなことない、道わかんなそうに
してたから教えてあげようとおもったのに、もういいよ」って言って行ってしまった。ああ。。
カーンマーケットは大好き。インドカワユイ

夕方オールドデリーに。サウスデリーの高級な店の買い物袋もって歩くのが不釣合いだ。
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喧騒の中歩きながら屋台に心奪われそうになるが、我慢。
屋台大好きだけど、今日は楽しさ、好奇心を抑えて有名なKarim'sに行くのだ。
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さすが人気店、めちゃくちゃおいしかった。しかし油の量が多くて、味が濃かった。
全部食べるのは大変だった。満腹で至福

バンコクはやることが全く無い。

カオサンのバーガーキング前でラオス帰りの翔と待ち合わせをした。


イスラエル料理をたべる。ルンペンみたいな小汚い林くんも一緒だ。カオサンでダラダラすごす。



夜は林くんのタイ人の彼女とその友達と一緒に飲む。
タイ人の男の人と喋るように林君が言ってくるので恥ずかしくて喋らなかった。


カオサンは本当にうるさい。以前は「カオサンってなんておもしろいところなんだろう」と思ったけど、今はうるさいだけでつまらない。
歳とったのかなぁ。


宿のロビーに座ってたら、テーブルに何かあるのを翔が見つけた

あれ??

真也の写真が!バンコクに!!

朝、屋台でカオマンガイを食べてると翔にみつかり、空港に向かう姿を見送る。
あー、バンコク、暇ー。



宿を寺裏から川の向こうに移した。すごくのどかでいい感じ。


近くのカフェに通ってた。お母さんと娘(息子)でやっていていごこちがいい。


旅先で映画館に行くのがすき、そういえばバンコクはまだ行ったことなかったので、行ってみると
始まる直前に全員起立して、王様万歳的な映像が流れてとまどった。


タイに来るたびに行く好きな服屋がある。いつもとは別の店舗に行ってみる。



やることなさすぎて、バスに乗ってみた。


ウトウト一眠りして、起きたらたくさんの人が降りて行くのでわたしもおりてみる。

どこに何がある街なのかさっぱり分からないけど、歩いてみる。英語がどこにもないので、謎い。


フラフラ歩いてると人だかりが。

行くとボート乗り場だった。
ボートに乗ってみる!


降りると出店がいっぱい並んでいる。。。


ここはもしやタイ人の観光地か?!!
出店にはなぜかお菓子がいっぱい売ってる。しかもちっちゃくてめっちゃカワユイ。どれも10Bくらい。


。。。お菓子の島か!!!カワユス!!!



そして、素焼きの物もいっぱいある。焼き物の街らしい。これもこもの5B~、見た目もお値段もかわいい



ここにもう一つたくさんあったのが、花の天ぷら。いろんな色があってかわいい

タイパンツも柄物が豊富。
でも、タイパンツってタイ人履いてるの見かけないよなー、
わたしも普段タイパンツ履くけど何となくタイでは外人しかはいてる人見かけないからタイに持ってこない。。



うきうきして散歩♪ボートのり場から離れると出店はなくなって民家がポツポツある。

モトバイのおじさんによると一周6キロだとか。歩こう!
休憩してビールを飲んでいるとおじさんがおごってくれてドンドン飲まされた!




最後は島にいたおばあちゃんと手つないで一緒にボート乗り場に行った。
なんだか可愛らしい夢のような島をあとにしてボートに乗って戻ってきた。


ここで、バンコク帰る前に、仲良くなった女性とビールを飲んだりご飯食べたりした。
その人は、私のこと好きだと言ってきた。
なんか、女の子嫌いじゃないし、別にレズ体験してもいいかな、と一瞬思った。
そしたらタクシーで少し郊外の連れ込み宿?ラブホの超しょぼいみたいなところに連れて行かれた。
なんか、でも、やっぱり好きじゃない人と手つないだりしちゃだめだよな、って思って
「本当にわたしのこと好きなの?お金が欲しいだけなの?
わたしはお金だったらあげることができるよ、」って聞いたら
お金は欲しくないらしい、朝まで一緒にいたいと言う。
そんな時間ないので帰るって言ったらダメって離してくれなかったので、走って逃げて、
道に出てタクシーに飛び乗った。そしたらその子、走って追いかけてきて、
私が忘れたメガネを持ってきてくれて、「またね、i love you」って言った。
なんだかよくわかんなかった。タクシーでそのまま寝ちゃって、起きたら夢かと思ったけど
その子の指輪が私のゆびにはめてあった。

カオサン着いて、そういや、今回あんかけ焼きそばの店行ってなかったと思い、
そこでトムカーガイ食べながら隣に座ってる人とおしゃべり。
1年旅してるっていうわりには小奇麗で好青年だった。もうすぐ帰るらしい。
やっぱり「旅はバンコクに始まり、バンコクに終る」んだなぁ。
カオサンにはこれから始まる人と終える人がいりまじっている。


カンボジアはなんだか、よく分からなかった。

たとえば、パキスタンの人達は、お金や便利なものがなくても、ただ普通に暮らしていることが
幸せだし、これ以上のものを望むことにも興味がないように感じた。
たとえば、インドでは、子供も大人もみんな生きていくことに必死で、ひつこくて、
でも生きることを楽しんでいるようで、エネルギーにあふれていた。
カンボジアの人は謙虚で慎ましくて、どこか悲しげな感じがする。でもそれでいて、みんな朗らかだった。


うーん、また行かなならんでな!!

おしまい!












Android携帯からの投稿
バスがとまって目が覚めた。
気づいたら朝だった。
窓の外を見ると人だかりがバスを囲んで、入り口におじさんがびっしり張り付いている。

嫌な予感がするのと同時にシェムリで死んでた私のテンションが少しずつあがっていく。

乗客がみんな降りて行くのでプノンペンに着いたみたい。
降りると同時にたくさんのリキシャやモトのドライバーたちがよってくる。
これこれ、ワクワクする!!

シェムリアップはなんだか、生活感があまりない街だった。普通の人がご飯を食べる屋台が中心地に少なかった。



プノンペンは懐かしい。わたしはのどかな街が大好きだけど、都会が嫌いなわけではない。ゴチャゴチャしててもいい、人間くさい街が好き。

この旅の目的の一つ、キリングフィールドに行った。


何百の死体が埋められた穴がたくさんあり、残っている




70年代、ポルポト政権は悪夢のような恐怖政治をおこなった。
クメール・ルージュは極端な共産主義で、これまでの国民の生活を全て否定した。
農村への強制移住から始まり、娯楽、宗教、通貨、教育を廃止。
知識のある人、権力のある人、反発分子とみなされた者はすべて殺され、国民は弾圧された。その大虐殺の数は国民の4分の1とも言われている。
キリングフィールドはその処刑場。

トゥールスレンは拷問所。
今は博物館としてもこっている。
教室が拷問に使われていた。







収容された人の写真



独房


拷問の写真や使われた道具、ここで働いていた人の言葉などあった。
これ以上は衝撃が大きくて写真はとれなかった。



ポルポト政権によって、カンボジアは精神的に大きなダメージをうけたという。
ほんの30年ほど前のできごと。


チェンエク村でベンチに座ってクメールルージュの記述を読んでいるとフェンスの向こうから子供がきて、か細い小さな声で
「写真とって」というので写真をとると、「お金ちょうだい」のおねがりにかわった。今にも消えてしまいそうな声だった。



ベトナム戦争、ポルポト政権、ベトナムからの侵略、20年以上続いた内戦で国はめちゃくちゃになった。
冷戦後、やっと平和を取り戻しつつあるけど、今も貧困や地雷やたくさん問題抱えてる。

内戦時代に世界からジャーナリストが集まってきた外国人記者クラブだったところへ行った。今はオシャレなバーになっている。

川沿いは外国人に賑わっていた。





宿は有名なキャピトル。宿に戻るとキャビンがいたので、近所の屋台街に一緒にご飯を食べに行った。
シェムリアップで会った子でプノンペンで偶然再会した。
すごく楽しかった。



Android携帯からの投稿



翔に言われた。「まゆ、ジブリ好きやろ、ベンメリア行ってこいや」と。わたしは別にジブリファンではない、
「こいつ何言ってんの」と思いながらも、調べてみる

ベンメリアは全く修復されてなく、発見されたままのこっている遺跡。ラピュタのモデルの一つになっているとか(なっていないとか)

うーん、おもしろそう

シェムリから車で2時間くらい。5人で車ワリカン。まずはコーケー遺跡。


木にのみこまれているようですごい!






ピラミッドに圧巻





ベンメリア遺跡は崩れまくっていて、たしかにラピュタのようだった。






崩れているのがとても美しかった。完全に修復されているアンコールワットとはまた違うんだろう



崩れたところを登っていくと、ちびっ子ガイドが現れて案内してくれた。すばしっこくて、変なところをすり抜けて通って行く。




中はまるで迷路!岩を登ったりおりたり子供ガイドと走り回る。




途中、木でできた道があって、普通のガイドをつけているお客さんは
そこを通っているようだった。



ヘトヘトになったけど、楽しかった。






みんなでカンジア三大料理らしい"A MOK"を食べた!おいしかったー



シェムリアップにさよならした






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