同情
人の辛さなんて、その人にしかわからないんだ、結局。
きっと本当に死ぬほどつらかったんだと思う。
けど生きている限り、
やることがたくさんありすぎて追い込まれたときには息ができない苦しさを、
逆に空っぽで満たされないときには
ここでただ息をしているという苦しさを、
どんな局面でもきっと誰もが感じている。
亡くなった人を悪く言うつもりはないけれど。
この世の中で、一緒に死ぬことができるくらい深く共感できる相手がいるならば
それで充分じゃなかったのか?
本当に自分のことを理解してくれる人なんてこの世の中に何人もいるものではないのだから。
なぜ「一緒に」死ぬという選択に至ってしまったのか。
どの時代にも、自分の血潮の上流にあたる人間がいて、
その人たちが必死につないできた命という襷を
どうして自ら断ち切ることができたのか。
「生きたい」と願いながらも
自分の意図に反して命を落とす人がいる世の中で
どうして自らを断ち切ることができたのか。
まだ狭すぎる世界の中で結論を出してしまったこと。
その命がもったいない。
「周りの大人は相談にのらなかったのか」
「なぜ止めなかったのか」
どちらかというと擁護するようなコメントが見られるけれど、
周りの大人は「命を粗末に扱ったこと」に関して正しく憤るべきだと思うのだ。
それだけ2人の命が尊いものだったことを伝えるために。
自分の人生は自分だけのもの。
誰かにそれを乱されて断ち切るのはもったいない。
どうか充分に戦って、そのうえで結論を出してほしい。
恵まれた環境で育ってきた人間の戯言でしかないのかもしれないけれど。
きっと悩んでいたあの頃の自分へのメッセージでもある。
きっと本当に死ぬほどつらかったんだと思う。
けど生きている限り、
やることがたくさんありすぎて追い込まれたときには息ができない苦しさを、
逆に空っぽで満たされないときには
ここでただ息をしているという苦しさを、
どんな局面でもきっと誰もが感じている。
亡くなった人を悪く言うつもりはないけれど。
この世の中で、一緒に死ぬことができるくらい深く共感できる相手がいるならば
それで充分じゃなかったのか?
本当に自分のことを理解してくれる人なんてこの世の中に何人もいるものではないのだから。
なぜ「一緒に」死ぬという選択に至ってしまったのか。
どの時代にも、自分の血潮の上流にあたる人間がいて、
その人たちが必死につないできた命という襷を
どうして自ら断ち切ることができたのか。
「生きたい」と願いながらも
自分の意図に反して命を落とす人がいる世の中で
どうして自らを断ち切ることができたのか。
まだ狭すぎる世界の中で結論を出してしまったこと。
その命がもったいない。
「周りの大人は相談にのらなかったのか」
「なぜ止めなかったのか」
どちらかというと擁護するようなコメントが見られるけれど、
周りの大人は「命を粗末に扱ったこと」に関して正しく憤るべきだと思うのだ。
それだけ2人の命が尊いものだったことを伝えるために。
自分の人生は自分だけのもの。
誰かにそれを乱されて断ち切るのはもったいない。
どうか充分に戦って、そのうえで結論を出してほしい。
恵まれた環境で育ってきた人間の戯言でしかないのかもしれないけれど。
きっと悩んでいたあの頃の自分へのメッセージでもある。
めんどくせぇ
器のちいせぇ男だな。
自分で状況を好転させる手段をこうじるでもなく、ただ不満垂れながら要領の悪い方法でことをすすめる。
そんな状態で八つ当たりされても、「ばかじゃねぇの?」以外にかける言葉ねーっつーの。
この先死ぬまで一緒にいないといけないかと思うと息が詰まる。
端から全然期待なんてしていないし、冷めきってたけど、2年前の自分に戻れるとしたら、プロポーズの返事はもう一度冷静に考えるかもしれない。
自分で状況を好転させる手段をこうじるでもなく、ただ不満垂れながら要領の悪い方法でことをすすめる。
そんな状態で八つ当たりされても、「ばかじゃねぇの?」以外にかける言葉ねーっつーの。
この先死ぬまで一緒にいないといけないかと思うと息が詰まる。
端から全然期待なんてしていないし、冷めきってたけど、2年前の自分に戻れるとしたら、プロポーズの返事はもう一度冷静に考えるかもしれない。
自分
自分よりはるかに能力が上の人に、小言を言われながらも指示を出し、
自分の思い通りにならないと癇癪をおこすクライアントの機嫌を取り、
自分が嫌いな自分を投影した様な後輩が喚き散らしている席の前で
自分がやりたかったことと180度異なる仕事をしていた。
自分がどこにもいなかった、そんな半年前に比べれば。
自分がやりたかった仕事に向き合ってはいる。
自分の力が足りないことを思い知る。
自分が満足するだけで、誰の役にも立っていない。完全に空回り。
自分にはできない、とても足りない、ということを認識することで、
自分というものさしがそこにあったことをようやく思い出す。
自分の思い通りにならないと癇癪をおこすクライアントの機嫌を取り、
自分が嫌いな自分を投影した様な後輩が喚き散らしている席の前で
自分がやりたかったことと180度異なる仕事をしていた。
自分がどこにもいなかった、そんな半年前に比べれば。
自分がやりたかった仕事に向き合ってはいる。
自分の力が足りないことを思い知る。
自分が満足するだけで、誰の役にも立っていない。完全に空回り。
自分にはできない、とても足りない、ということを認識することで、
自分というものさしがそこにあったことをようやく思い出す。