1955年、MoMAのエドワード・スタイケンが企画した「ザ・ファミリー・オブ・マン」展は、
世界68カ国、273人の写真家による503点の写真で、
「人類はみな一つの家族」というメッセージを伝えた、20世紀最大級の写真展です。
誕生から死までの人間の営みや、国境を越えて確かめ合う愛の絆をドラマチックに描き、
世界で約900万人を動員。1956年の日本巡回でも約100万人が訪れました。
この展覧会では、原爆によるヒロシマ・ナガサキの惨禍も重要な位置を占めています。
山端庸介らが撮影した長崎の被爆直後の写真などが組み込まれ、
戦争や核の恐怖という、人類が抱える負の側面を直視させます。
互いを慈しむ愛の尊さと、
それを一瞬で奪い去る核の脅威を対比させることで、
「人間家族」としての連帯と平和への願いを訴えた写真展です。
個人的な感想なのですが。
「ファミリー・オブ・マン」というタイトルを見て、最初は「マン?」と思いました。
そして見ているうちに、だんだん腹が立ってきて、
「男どもめーーー」
と思ってしまったのです(すまん男ども)
でも、待てよ。
ここでいう「マン」は、男性というより mankind、つまり人類という意味なのでは?
そう考えると、また別の問いが浮かんできます。
人類の歴史は、ある意味では戦争の歴史でもある
一体、誰がそれを止められるのだろう。
そして最後に展示されていた、男女の子どもの写真
そこに添えられていた、
「君たちの足どりの下から新しい世界が生まれる」
という言葉
「未来の子どもたちのために」ではなく、むしろ、
その新しい世界をつくるのは今を生きている私たちなのではないか
なんて思ってしまいました
昨日、ラジオから negative capability という言葉が聞こえてきました。
答えの出ない事態や不確実な状況に直面したとき、
性急に結論や解決策を求めず、不安や迷いの状態に耐え続ける能力のことだそうです。
何でも即答を求められる現代において、
「ちょっと待てよ。
考えさせて。
まだ答えは出ない。」
という時間を持つことは、もしかすると戦争を回避するためにも必要なのではないか。
そんなことを、終戦記念日とお盆に寄せて、
珍しく、ガチでこんなことを考えてしまう、そんな写真展でした









