ロードオブザリング が公開された時、
子育てやら相次ぐ夫の転勤などで映画館に行けてなくて見逃していたんですが、
最近wowowでエクステンディッドバージョンをしていて
726分(役12時間)と大変長いのですが
自粛期間で時間はたっぷりあるので、重い腰をあげて
観ました。
あまりに壮大なスケール
この映画を映画館で観なかったことを残念に思っています。
が少々
疑問ありました。
例えば、フロドだけがどうして指輪の魔力から正気を続けられるのか。
フロドはモルドールの滅びの山の火口で指輪を捨てる段になって指輪に執着をしますが、
跡を付けてきたゴラムが、
フロドの指を食いちぎって指輪を自分のものとしたところで、
フロドは正気に戻ってゴラムに体当たりし、
指輪を持ったゴラムが火口に落ち指輪は溶ける。
どんな賢者も勇者も魔法使いも、妖精、種族を問わず指輪の持つ権力の誘惑に負けるのに、
どうしてフロドはその誘惑を振り払えたのか。
そしてフロドに代わってサムがしばらく指輪を持っていましたが、
何故サムは誘惑に惑わされなかったのか、
鷹は最後に登場するのは何故?
と色々と疑問がふつふつ湧いてきますが
なんとタイムリーなことに日曜日の日経新聞にその答が載っていました。
毎週楽しみにしている坂井修一さんが書かれているコラムです。
原作では
フロドが持っていた指輪はゴラムが奪ってそのまま火口へ落ちたとありました。
フロドはやはり指輪のもつ権力への誘惑には抗えなかったみたいです。
坂井修一さんがこう書かれていました。
映画はフロドのヒーローとしての主体性を強調しているのだが、原作ではフロドは指輪の魔力に負けてしまう弱いキャラだ。万能の指輪の誘惑に勝てる者はいない――魔法使いであろうと、妖精であろうと、人間であろうと。種族を問わず、年齢や経験を問わず、賢さを問わず、権力の誘惑に打ち勝てる者はいないという真実が、原作では語られていたのだ。
指輪が葬られるのは運命の偶然に過ぎない。このことを原作者トールキンは明言しているのに、映画はこれを変更している。気を取り直すフロドは、やはり立派過ぎるのだ。
コトが終わってから、フロドは言う。
「あれ(=ゴラム)がいなければ、サムよ、わたしは指輪を滅ぼし得なかったろう。探索の旅はどたん場に来てだめになったろう。だから、あいつのことは許してやろうじゃないか!」
(瀬田貞二・田中明子訳)
邪悪で姑息(こそく)な怪物にも、彼自身の意図せぬ大きな役割があった。一つは悪魔の指輪を葬り去ること。もう一つは、こんなふうにフロドを成長させることだ。
(歌人・情報科学者)
サムについての疑問やその他諸々含めて
やはり重い腰をあげて原作を読むしかないのでしょうか。
しかし、坂井修一さん
素晴らしいです。情報学科学者にして歌人。