昔、ある講演で、
「心、ここにあらざれば、見れども観れず、聞けども聴けず」
って言う格言みたいなことが書かれたチラシを受け取って、
その時からずっと、ボクの頭の片隅に残っている。
「聞く」と「聴く」
「見る」と「観る」という文字だけ見れば
なんとなく意味不明にも聞こえるけれど、
要は
見ること、聞くことに対して、そこに意識が乗っかってなければ、
自分の実になっていない、と言う意味だと解釈している。
最近、引き寄せの法則とか、自己実現とかいったジャンルで割りと無意識に願望を刷り込む的な話しをされていることを目にするけど、
それはそれで必要だとは思う。
けれど意識、意識的になにかを行うことも
自分の願望実現には必要だと思う。
先の言葉がその要約で、
そこに意識がなければ、
聞いていても実につかず、
見ていても記憶に残らない、みたいな。
いわゆるながら見とかながら聞きでは
ちゃんと自分の中に落とし込めないということの戒めのようなことだと。
逆に人は意識しながらなにかに取り組むと
その意識した事に関連する言葉やモノがやたら目につくと言います。
実際ボクも確かにそう思えることがあるので納得なんですが、
例えば自動車が欲しいと思って、さらに車種やら色など内容が明確になってくると、
なぜか欲しいと思っている自動車が目に留まるようになってくる。
例えば頭の中で日当たりが良くて、キッチンが広く、部屋数が多い、快適な部屋に住みたいなんて妄想を膨らますと、
賃貸情報に目が行ったり、町を歩いていても外装が気になったりする。
人が意識し始めると、その情報に沿ったものや事が目につくようになることを
カラーバス効果と言うそうです。
これって、聴きたいラジオ局をチューニングするようにダイヤルを回すようなもので、
ひょっとしたら、ピタッとハマった時に自分の願望が実現されるんじゃないか?
と思ったりもしました。
目的を持ったら、意識を向ける。
それは自分にアンテナを張るようなもので、
そのアンテナにチューニングすると少しづつ電波が合ってきて、
意識というアンテナに周りの情報が引っかかるとでも言うのか、
そんな感じ。
なので、目的を明確にして妄想すれば、
思いは叶うのではないか、と。
なんか腑に落ちたような気がしてます。