数年ぶりに帰省しました。
ボクのブログをたまにでも読んでくれている方なら分かると思いますが、
ボクは世間で言う"普通"の生き方をしてこなかったので、
高校卒業と同時に家出をしたまま今に至る人生を送っているのですが、
これも寄せる歳のせいか、帰省という行動に重要性を感じた今回の帰省でした。
言えばボクは"ならず者"の典型で、早くに亡くした父の不幸の際にはまだ遊びほうけていて、
周りの友人から父の死を知らされて慌てて帰宅した葬儀の場では、
親戚一同から総ブーイングを食らったという記憶もあります。
特別、伝統ある家業があるワケではないですが、
それでもボクの立場は本家の長男。
ブーイングを浴びても仕方ない所業だったと今は思っています。
当時20歳そこそこで、ろくに仕事もせずにフラフラしていたならず者を見かねてかどうかは定かではないけど、
親父の死と入れ替わるように、親父の弟、ボクの叔父が家に帰ってきた。
ボクは親父の葬儀の場でブーイングと同時に親戚から今後はマジメになってしっかり家族を守っていく立場なんだから、心を入れ替えるか、もしくは今後一切実家の敷居をまたがないかの選択を迫られ、
迷うことなく今後実家の敷居はまたがないことを伝え、それと時期を同じくして地元からも離れることにした。
ある程度世の中のことが理解できるようになった今でも、幼少期から成人に至るまでのボクの居た環境が良かったとは思えない。
我慢や社会に従うというものが欠けていた自分も存在するが、
ボクには不適合な環境だった。
不満だらけだった。
そんな過去を振り返ってもほとんど良い思い出なんてない。
そんな普通じゃない人生を続けていても、数年に一度、ほんの数える程度だけど時間と懐に余裕がある時には墓参りには行っていた。
それも別に過去の自分を悔いて謝罪するような意味ではなく、
ただ自分という存在が生きて、今に至る経緯を遡ると、良かった悪かったは別として、ボクにも先祖がいるから自分が成り立っているという、ある意味"感謝"の意味での行為。
あるお寺で、
「自分を木の幹に例えるなら、親や祖先は水や土、養分なんだから、自分が大きくなりたいなら先祖や両親を大切にしないと上手くいかないよ」
みたいな事を言われたことが心の隅にずっと残っていたから。
表立ってケンカのような事はなかったけど、父とも、叔父とも感覚的に反りが合わず、
今に至るまでずっと家族との接触を避けるように実家には帰らなかった。
昨年、その叔父も亡くなり、歳の離れた妹2人も最近嫁いだと聞いてはいたので、残された母は"ぼっち"になる。
母に対しても実母ではないから、これまで特に感情は持たなかったものの、
自分がこれまでなんのツテもなく、孤独の寂しさを隠しながら虚勢を張って生きていただけに"孤独感"というのは時に身に染みる。
平和な家族でなかったとはいえ、他所から嫁いできた母に学生時代にはそれなり面倒を見てもらい、
本来なら父亡きあとに長男であるボクがやらなきゃいけなかったことを、文句も言わず黙ってやってきた数十年を鑑みると、
申し訳なさが自分の中に芽生えた。
今になって気づくのは遅い、と我ながら思うけど、
地道に黙ってずっと家を守ってくれていた母を思うと素直に"感謝"できた。
そんな感情の変化を感じながらの今回の帰省。
ボクが家出した頃の妹2人は当時小学生か中学生。
世代の差もあり、一緒に過ごすことはあまりなかったとはいえ、小さかった2人の記憶はあるので、
数十年ぶりに会った妹も、ボクのように横道に逸れずにそれぞれ結婚し、定期的に帰省している姿を見て、
なんとも言えない安心というか、嬉しさが込み上げた。
妹も幼い頃の僅かな記憶しかないはずなのに、ボクと不自然さのカケラもなく接してくれて、
なんとなく、今回の帰省はこれまでの厄落としのような帰省になった感じがしている。
ボクに限らず不遇な人生を送る人は結構いると思うけど、
"時間"というものが"ある程度の過去を浄化"してくれるんだ、とボクは感じてます。
未だに一人前とは言えない日常を送るボクではあるけど、義母、妹の存在が大切に思えるなんて、これまでにはなかった感情。
ちょっと長いハンデのようになったけど、これからは少し残った家族を大切にしていこうとしみじみ思った今回の帰省でした。
肌で感じる経験値、言葉では伝わらない感情、名残りある地元の風景……
本来なくてはいけない自分の中の感覚が、
枠に収まるような貴重な年末年始になりました。
