今回のタイトルを見て
スルーする人は多いんじゃないかな?
「向き合う」とかいう言葉って
ベターだし、ありがちだし、
小難しい説教のような御託並べそうだし。
でもそんな難しいことじゃなくて、
「自分と向き合う」って、
「今、在る自分が、今に至って、どうしてこんな自分になってるんたろ?」
って思い返してみるくらいで充分だと思う。
誰からも強制されるものでもないし、
向き合ったところで何か変わるかなんて
言えないし、
数分、数時間そうしたところで
劇的な変化はあり得ないのは確実だと思う。
ボクは長いこと独りの生活が続いているから、
じっくりと時間をかけて振り返るように、
自分と向き合うことはできるけど、
家族がいたり、同居する人がいる人なんかはなかなか静かに独りで自分と向き合うような時間を割くのは難しいことだとも思う。
ましてや時代の進化とともに
簡単に他人の考えや生活観が窺え、
検索すればある程度の疑問には回答が得られるような世の中で、
自分の頭の中で掘り下げて色々考えたり、答えを探したりという行為そのものが、
面倒だったり、ナンセンスであるかのような風潮であるがために、
深く考えることが難しくて面倒で
かつ無駄なように思っている人も多いんじゃないかと想像する。
他人の意見や風潮に乗っかって
多数の意見に同調してさえいれば、
概ね間違いはないもの、と、
多数決に身を委ねる人の気持ちが
分からんでもないけど、
自分という存在そのものは、
二人は絶対にいないのだから、
それぞれに違った考えや答えがあって不思議ではないし、
やっぱり自分個人の人生なんかは、
時には自分で考え、決断し、自分で行動して進まないと本当のことなんて解らないと思う。
他人の意見や風潮に従って生きて、
無難にことなく人生を歩めればまだいいけれど、
万一、多数派の意見が間違ってたり、
後になって当時の風潮が単に一過性のものだと気づいた時に、
周りが悪いと憤慨したところで、
誰も責任なんてとってはくれないし、
後悔しか残らないような気がする。
過去を振り返り、未来を想像することで
自分の人生の軌道修正ができると
ボクは思ってる。
今、ここに在る自分を起点に
自分と向き合う事って、
結構楽しくて、
意外にやってみて良かったと
思えるような気がしてます。
とりあえず少数派のボクの意見ですが。