自分に迷うとき | 風丸の駄文

風丸の駄文

いろいろと駄文を重ねてます。
共感、反論あるかと思いますが、ご容赦ください。





若いうちには恐らく

考えもしないんじゃないかな?

現状これまでの過去を振り返ってみて、

それを照らし合わせてみて、

『俺って、生き方間違ってたかな?』

『考え方間違ってたかな?』

っていう回想


概ね人生がうまく行ってるときには

過去を振り返るなんてことはしないだろうし、

おしなべて今現状に不満や納得いかない状況のときにそうするんじゃないだろうか?


そしてその渦中にあるのが今のボクで、

過去にもちょいちょいあった。

そう、ボクは順風満帆平穏な普通の人生を歩んできていないと自負してるので、

余計に実感してるんだけど、

ある程度歳を重ねてくると

事の大小に関わらず誰しもそういう時ってあると思う。


ヘコみます。

そういう時って、考えても時間を巻き戻すこともできないのは解ってるのに

悔やんだり

できもしないのに

あの頃に戻れれば、とか

考えたり。

頭で理解できてても

考えちゃう。


改めて気づいたこと。

やり直すために過去に戻ったりはできないけど、

ホントの自分はこうありたい。

と、

現状の自分と比較して

理想の自分とのギャップに気づいた時点で、

軌道を変えて行くことができるんだと。

意思さえあれば軌道修正できるんだと。

ただ、

チビリチビリと長い年月を経て

軌道がズレてしまったのだから、

一気に方向変換はできないんだよね。

やっぱ修正もチビリチビリってことになる。

いい歳になってくると

残された時間も気になってくるから、

焦る気持ちも確かにあるけど、

車でも急ハンドルを切ると

とんでもない方向に行って事故ってしまうように、

焦って無理するのは得策ではありません。


やり直すのは無理でも

気づいた時点からの

軌道修正はできる。

そして、これもまた歳のせいか、

軌道修正する過程さえもを楽しめたりするオマケつきです。

何かと結果ばかりに囚われがちで

答えを急ぐ傾向なにある現代社会ですが、

結果に行き着くまでの過程も

あれこれ工夫しながら生きれば

それさえ楽しめるという。

ボクは今そうしてます。

仕事や会社といった枠組みのなかでは

なかなかそういったマイペース

許されないかもですが、

それも含めて自分の人生。

自分以外の周囲に合わせて時間を進めなくても

自分のペースで時間を進めれば

周囲の見え方さえも変わりはじめます。


セカセカと動きまわる必要はないけど、

とりあえず自分なりに動いてみる。

理想とする行き先を決めたら、

そっちに向けて自分のペースで。

動いてるうちに

止まって考えてた時期があったことも

ムダじゃなかったことに気づけて

結果オーライみたいに自然となります。

焦ることも慌てることもなく

自分の歩調でぼちぼちと。


流されて生きるよりずっと楽しいですよ。