もう追って来ていないだろうと

後ろをふり返ると―。

 

 

男がいた。

 

 

通りの入口に、逆光を背にして

影絵のように立っている。

なんてしつこい奴だ。

 

 

耀はまた必死になって走りだした。

なんとか振りきってやろうと

狭い小路を折れ曲がる。

 

 

目の前に見覚えのある建物が現われた。

茶色の五階建てのビル

「ヴァレイ・ホテル」の裏側だった。

 

 

都合のいい事に

半地下で歩道の高さよりも低い

凹んだ細長い空間がある。

 

 

耀はコンクリートの階段を下りて

陰に身をひそめた。

そこでじっとしていると

足音は慌ただしく頭上を走り去っていった。

 

 

音が遠ざかって完全に聞こえなくなっても

耀はしばらくそこにうずくまっていた。

 

 

落ちついて考えてみれば

何も逃げる必要などなかった。

 

 

「ごめん。僕が間違えていた」

と謝ればすんだ話だった。

 

 

ただ、あの男がとうてい

耳を貸さないぐらい怒っていたので

慌てて逃げ出してしまった。

 

 

しかし、電話番号が4ケタも一致するなんて

全く珍しい偶然が重なったものだ。

おかげでまた一からやり直しだ。

 

 

耀はため息をつき

足をさすりながら立ち上がった。

 

 

 

半地下の空間は

あらためて見ると面白い場所だった。

地下一階は主に

機械室やボイラー室、倉庫として使われているようで

耀はさらに奥にある格子窓の部屋が気になった。

 

 

近づいて窓からのぞくと

中は物置のような部屋でかなり広い。

壁際には古い机やキャビネットなど

不用と思われる家具が雑然と寄せてあった。

 

 

右側の端に寄ると

視界ぎりぎりの所に古い簡易ベッドが

置いてあるのが見えた。

 

 

何だか棒のような物が二本突き出している

と思って目を凝らすと人の足だった。

 

 

こんな地下の薄暗い倉庫で誰かが寝ている。

いや、寝かされているのか。

 

 

耀はベッド全体が視界に入るように

格子をつかんでよじ登った。

不自然な姿勢のまま

首を曲げてベッドを見ると

若い男が横たわっていた。

その服装には見覚えがある。

 

 

あれは ・・・・ 浩じゃないか。