月・木・土に投稿予定です飛び出すハート

 

 

彼の演奏は誰もが称賛したが

少年は褒められるのには飽き飽きしていて

当然だとさえ思うようになっていた。

 

 

自分の演奏には完璧を求め

ミスしたところ、悪いところはすぐに気づいたし

楽団員の悪いところも口に出した。

 

 

周囲の大人は

指摘の的確さや率直さに感心したが

両親からは傲慢さを咎められることもあった。

 

 

「そんなこと大人に対して言うもんじゃない。

まだ子どもなのに

謙虚にしていないといけないよ」

 

 

その頃から

彼は家でも一人閉じこもるようになった。

両親に対して癇癪を起こすことも。

 

 

ピアノの練習以外にも

国際舞台に立つために

英語や中国語の家庭教師がつけられていたので

友達を作る暇などなかった。

 

 

以前は練習の合間に時折

母親と一緒に庭に出てバラを愛で

手入れをしていた姿も

この頃から見られなくなった。

 

 

 

彼は孤独だった。

 

人々には幸福を与えていたのに

少年は内心いつも苛立っていた。

 

 

こんなんじゃ全然物足りない。

自分はもっと上手くなりたい。

より高みに上りつめたい。

 

 

でも日本には

自分を導いてくれる人がいないのだ。

みんなわかったように

自分のことを言うけれど

誰も本当の自分のことを

理解してくれていない。

理解できるはずがない。

だって能力が全くかけ離れているんだから。

 

 

もっと広い世界に出てみたい。

自分のことを理解してくれる人がいる世界へ。

今よりも、ここよりも、もっと広い世界へと。

 

 

少年の願いは聞き届けられた。

彼の名声は海外にも鳴り響いていたので

高名なピアニストがアメリカの

名門音楽院に推薦してくれたのだ。

 

 

親子三人は

アメリカ留学の準備をするために

渡米した。

 

 

空港には大勢の見送りの人が詰めかけ

誰もがアメリカでの彼の活躍と

数年後の凱旋を期待した。

 

 

ところがその後アメリカで

思いもかけない悲劇に巻き込まれた。

 

 

少年と両親が、車で移動中に

事故に巻き込まれたのだ。

 

 

三人は病院に運ばれ

両親は間もなく死亡が確認された。

少年はICUで懸命の治療が続けられた。

 

 

ある程度少年の容態が回復すると日本に搬送され

当時は大きく報じられたが

それももう40年も前の話だ。

 

今は生きているのか

どこでどうしているのか誰も知らない。

彼の名前すら覚えていないだろう。

 

天上の音楽は消えてしまった。

 

 

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次からは章の名前が変わって

「天国と地獄」になります。