市役所の業務終了を告げる五時のチャイムが鳴った。

 

 

えり子はパソコンの電源を落とし、ふたを閉じ

机の上をさっと片付けたが、次の行動に移れなかった。

 

体が椅子に貼りついたみたいに

なかなか立ち上がることができない。

 

 

ブラインド越しに差し込む日差しは

すでに弱々しく、

白々とした蛍光灯の下に並ぶ

グレーの机の列はほとんど空席だ。

 

 

執務室にいるのは

えり子と隣の企画第一班の主任二人だけ。

 

 

主任と目が合った。

「どうしたの。帰らないの?」

「ええ」

えり子はもじもじしながら答えた。

 

 

 

「もう仕事終わったんでしょう」

主任は銀縁の眼鏡越しに目を細めて笑った。

 

「はい」

 

 

何と、岩田課長ほか四名は

韓国に出張している。

二泊三日の強行スケジュールのため

空港に直接向かったようで

朝から顔を見ていない。

 

 

他の課員もそれぞれ出張や研修

庁内で会合、休暇取得で席を外し

午後からは主任と二人きりだった。

 

 

人の出入りの激しい企画課にしては

今日は珍しい日だ。

 

 

 

「主任は帰らないんですか」

「僕はこれがあるからさ」

主任は机の上の書類の山を指さした。

まるで太古の地層のように

うず高く積まれている。

見れば一目瞭然だ。

 

 

「手伝ってくれないか?」

と言われたら困るのに。

絶対に言わない人だとわかって

私ったら空々しい質問をしてしまった。

 

 

主任が律儀に答えてくれたことに

えり子は気恥ずかしくなった。

 

 

 

※ 2021年2月~に掲載したものを

   修正して再投稿したものです