「それがさ、

本当は一人じゃなかったんだ」

と清司は努めて明るい調子で言った。

 

 

実はプロジェクターや

その他の備品を借りるため

別館から車を回して数人で来ていた。

 

 

最後に

清司がコピーを持って出てきたら

折り悪く突風が吹いて、

そのどさくさに紛れて

車は走り去っていった。

 

 

「置いていかれたんだよ。

酷いと思わないかい。

まいったよ。風と共に去りぬだ」

 

 

清司は深刻にならずに

冗談っぽく言ったつもりだったが

成功したかどうかわからない。

 

 

「そうだったのか。

新しい職場はいろいろと大変なんだな」

黒木は淡々と答えた。

 

 

単なる決まり文句の返事なのか

それとも自分について

何か聞き及んでいるのか

どちらとも受け取れる言い回しで

清司は返事を一瞬ためらった。

 

 

同期のエース、早川清司が

職場で孤立しているという噂が

黒木の耳に届いているとしたら

それはすごく気まずい状況だ。

 

 

二人はお互いに

相手が言い出すのを待ちながら、

しばらく無言で並んで歩いた。 

 

 

 

先に口火を切ったのは清司の方だった。

 

「今のところ、資料室はね

全然勝手が違うんだ。

早く本庁に戻りたいよ」

大げさにため息をつきながら言った。

 

 

「あそこは人間関係が独特だからな」

と黒木は真面目な顔をして言った。

 

 

「室長は長いんだよ。

前市長の時は秘書室長を

務めていたほどの人物。

 

でも、選挙で破れてからは

ずっと別館勤務だ。

毎年返り咲きを狙っているけど

最近はあきらめの心境らしいよ」

 

 

「ああ、そうらしいね」

と清司は頷きながら、

黒木が役所内の事情に

精通していることに感心した。

 

 

それならばと思い

「天童さんを知っている?」

と尋ねてみた。

 

 

「ああ。知っているよ。

室長と同じく前市長派に属していた人で

局長まで務めた人だよ。

 

室長に目をかけて

引き上げてくれた人でもある。

 

退職後は市の外郭団体の理事を

三年ほど務めていた」。

 

 

 

 

※ 2021年2月~に掲載したものを

   修正して再投稿したものです