話が一段落して、えり子は窓の外に目をやった。

昨晩降った雨が上がり

空は青く空気は澄んでいる。

 

 

町の埃はすっかり洗い流され

建物は海辺の貝殻のように白く光って見える。

 

 

「ねえ、今何か考えていた?」

と向井が聞いた。

 

 

「あ、いいえ。

 今日は遠くまでよく見えるなって」

 

「ええ、そうね。何が見えるかしら」

 

「あの山がすぐ近くに見えるわ」

 

 

市街地の西方に位置する小高い連山が

いつもは水墨画のようにけぶって見えるが

距離が縮まり間近にあるかのように

深緑の山肌の模様がはっきりと見える。

 

 

一つの山の

ぐねぐねと曲がりくねった山道を登っていくと

山頂にぽつんと立つレストランがある。

 

 

そこは市街地の夜景を見渡せる人気のスポットだ。

 

 

「あそこの山の上のレストランのこと?

あなた、彼氏がいるのね」と向井。

 

「えっ、どうしたんですか。先輩。いきなり」

 

「だってあんなところ

恋人と一緒じゃないと行かないわよ。

 

 

私も下見のつもりで女同士で行ったら

周りがカップルばっかりで浮いてしまって

恥ずかしかった。

あら、顔が赤くなった。

当たりなのね」

 

 

「違いますよ。そんなんじゃないんです」

 

 

「隠さなくていいじゃない。

秘密主義者なのね。

いいわよ。別に言いたくないのなら」

 

 

「わかりました。

じゃ本当のこと言いますね。

レストランには行っていません。

でも夜景を見につれて行ってもらいました」

 

 

「あら、やっぱりそうなの。

羨ましい話ね」

 

そう言って二人はひとしきり笑い合った。

 

 

※ 2021年2月~に掲載したものを

   修正して再投稿したものです