紙の箱に描かれているのは

南国らしい青い空、海に浮かぶ島。

その島に一本のコーヒーの木が立っていて

鳥が飛んでくる絵。

 

箱の上に「一杯30円でしあわせに」

と書かれた付箋が貼り付けてある。

 

「そういう意味だったんですね」

 

「飲む人たちだけで割り勘なのよ」

マトリョーシカ先輩、向井は笑顔でうなずいた。

 

 

「これは課長の紹介で

特別に持ってきてもらっているから

経費で落ちないの。

 

 

フェアトレード商品でオーガニックコーヒー。

身近な国際協力だし体にいいから

好きな人はぜひ飲んでみてねって」

 

 

 

「岩田さんからですか」

 

向井がぷっと吹き出した。

 

「いない時は別に課長でもいいのよ。

あなたは本当に真面目な人なのね」

 

 

「だってそう聞いたんですもの」

えり子は恥ずかしくなって

下を向いて口をとがらせた。

 


 

「隣の席の人がさっそく耳打ちしてきたんです。

ここでは役職名で呼ばなくていいんですよ。

みんな名前で呼びます。

 

主任も係長も 『~さん』

だから課長も岩田さんでいいんですって。

 

私からかわれたんですか?」

 

 

向井は笑うのをやめた。

 

「そんなことないわ。

『さん』 付けで呼ぶのは課長の意向なのよ。

何でも自由にのびのびものが言える

風通しのいい職場にしようねって。

 

 

民間企業では珍しくないけれど

役所の中では画期的なことなのよ」

 

 

「役所は何といっても縦社会ですからね。

肩書は重要ですよね」

 

 

「ええ、そうね。でも安心して。

この企画課には堅苦しさはないわ。

 

間違いなく言えることは

ここには嫌な人は誰もいないということ。

 

それだけは自信もって言える

私が保証する」と向井は言った。

 

 

「安心しました。それが何よりです」

二人は顔を見合わせにっこりと笑った。

 

 

 

※ 2021年2月~に掲載したものを

   修正して再投稿したものです