えり子は気分転換にお茶休憩しようと

水屋に行くと、先に先輩の向井が来ていた。

 

「あら、あなたもなの。一緒にお茶する?」

 

向井は親切にも側の食器棚を開けて

来客用の湯飲みを取り出そうとした。

 

 

「先輩。今日で一週間。

さすがにもう自分のコップ持ってきてますよ」

 

 

えり子はダヤンのマグカップをふって見せた。

「でもお心遣いありがとうございます。

マトリョーシカ先輩」と心の中で付け加えた。

 

 

 

 

 

 

向井は白い前歯を見せて笑った。

彼女はえり子より二歳年上だと聞いているが

先輩風吹かせたり

威張ったりということは全くない。

 

 

黒い前髪を斜めに撫でつけた丸い顔

ぱっちりと見開いた目

小さく上品な口元。

 

 

えり子は初めて見たとき

「マトリョーシカ人形にそっくりだわ」と思った。

 

 

以来えり子は心の中で彼女のことを

マトリョーシカ先輩と呼んでいる。

 

 

「お茶缶はこれ、紅茶はこのティーバッグ

そしてインスタントコーヒー

本格的なコーヒー飲みたかったら

ドリップバック使ってね」

 

 

「はい。じゃ私、本格コーヒーいただきます」

 

「あ、それならお金そこに入れといて。

後でかまわないけど」

 

 

「もしかしてこの箱のことですか」

 

 

えり子が紙の空き箱で作られた

小さな貯金箱を指さす。

もともとドリップバックが入っていた箱なのだろう。

 

 

南国らしい青い空、海に浮かぶ島。

そして島に一本のコーヒーの木が立っていて

鳥が飛んでくる絵が描いてある。

 

 

箱の上に「一杯30円でしあわせに」

と書かれた付箋が貼り付けてある。

 

 

 

※ 2021年2月~に掲載したものを

   修正して再投稿したものです