〈 清司のパート 〉

 

タクシーが別館の車寄せにつけた。

清司はタクシーチケットに記入して

運転手に渡し車を降りた。

腕時計を見ると四時半だった。

 

 

別館は箱型の五階建て

薄いエビ茶色のタイル張りの建物である。

 

 

昭和初期に高名な建築家Yによって

建てられた市の歴史的建造物で

堅牢な石造りのファサードは堂々としたものだ。

 

保存するべきか、改修するべきか

または取り壊しか、と長年論議の的になっている。

 

 

折からの夕日を浴びて

蜃気楼のように霞んで見える。

まるで遺跡のようだ。

 

 

そう、過去の遺跡。夢のあと。

 

「資料室」は以前

前市長が部下十数名を従え

権勢をふるっていた「執務室」だった。

 

 

重要な決定が下される司令塔であり

市の中枢と言っていい場所だった。

 

 

職員は皆

誇りと緊張感にあふれた面持ちで

忙しく働いていた。

 

 

それも今となっては昔話だ。

 

十年前に

道路の向かい側に新しく建て替えられた

本館にその機能は移ってしまった。

 

 

何の関係もない。

清司はふっとため息をついた。

 

 

過去の栄光、過去の権威。

いつまでもそんな事に

こだわっているからいけないのだ。

今の現実をしっかりと見なければ。

 

 

※ 2021年2月~に掲載したものを

   修正して再投稿したものです