〈 清司のパート 〉
清司は「急いで下さい」とは言わなかった。
しかし、タクシー運転手は
清司の思いつめた表情から察したのだろう。
バス通りを外れ
斜めの細い脇道にするりと潜り込んだ。
伸びた木の枝が入り口を覆い隠す
獣の巣のような下り道で
車がすっと沈み込むような感覚を味わった。
こんな狭い道を大きなタクシーが通れるのだろうか。
清司は冷や冷やして前の座席をつかんだ。
すると
「こっちの方がずいぶん早いんですよ」
と運転手。
言葉どおり器用な手さばきで
車体を右に左に振りながら滑らかに走行する。
瓶の口のような隘路を抜けると、
中は存外広くふくらんでいて
まるで大きな壺の中にある町の様だ。
そこには
昭和の時代から時が止まったような
町の風景が広がっていた。
昔風情の量り売りの米屋さんや
赤白青の円柱看板が回る美容室
こぢんまりとしたクリーニング店。
今も営業しているのか
近づいて確かめないとわからないが。
あっ、あそこには小さな子を連れて
ゆっくりと散歩するおばあさんや
立ち話をしているご近所さんがいる。
昔は町内の中に
こういった小さな商店街があったものだ。
※ 2021年2月~に掲載したものを
修正して再投稿したものです
