そして今、麗華は金猫堂の前に立っている。
人気がない林の奥なのに
周囲はきれいに掃き清められている。
金猫堂には右と左に出入り口があるが
片方が入り口、もう一方が出口。
「右から入るか、左から入るか」
これは大切な決まり事だ。
決して間違えてはいけない。
間違えると因果の逆回りになってしまう。
彼女は心を決めた。
ここまで来て引き返すわけにはいかない。
堂内に入ると
カビ臭さ、線香のにおいが鼻孔に忍び込み
ひんやりとした空気が肌寒かった。
中は薄暗く麗華は足元を確認しながら
円形の回廊を一歩一歩進んだ。
薄暗がりに目が慣れてくると
壁面に描かれている絵が見えてきた。
なんて所なのだろう。
絵がびっしりと隙間なく天井に至るまで
描かれている。
幸福そうに数人で笑いあっている図
立身出世を果たした図もあるが
腹を刺されてうめいている男
転倒して怪我を負っている男の図もある。
今まで金猫が与えてきた様々な人間模様が
伝統仏画形式で描かれているのだ。
麗華は御神体が祀ってあるところまで来た。
金猫はふだん台座の上にすました顔で
鎮座しているが
必要とあれば御神体から抜けだして
その姿を自由自在に変化させることができる。
稲妻や雷鳴、突風、竜巻のように
自然現象の形をとることもあるし
人に化けることもある。
ある時は蓬髪の老人。
ある時は謹厳実直なサラリーマン。
またある時は妙齢の美少年。
年端もいかないしどけない童子。
様々な人の形に姿を変え
それとは気づかれずに
人々の前に姿を現しているかもしれないのだ。


