そして今、麗華は金猫堂の前に立っている。

人気がない林の奥なのに

周囲はきれいに掃き清められている。

 

 

金猫堂には右と左に出入り口があるが

片方が入り口、もう一方が出口。

「右から入るか、左から入るか」

これは大切な決まり事だ。

決して間違えてはいけない。

間違えると因果の逆回りになってしまう。

 

 

彼女は心を決めた。

ここまで来て引き返すわけにはいかない。

堂内に入ると

カビ臭さ、線香のにおいが鼻孔に忍び込み

ひんやりとした空気が肌寒かった。

 

Unsplash五玄土 ORIENTO

 

 

中は薄暗く麗華は足元を確認しながら

円形の回廊を一歩一歩進んだ。

薄暗がりに目が慣れてくると

壁面に描かれている絵が見えてきた。

 

 

なんて所なのだろう。

 

絵がびっしりと隙間なく天井に至るまで

描かれている。

 

 

幸福そうに数人で笑いあっている図

立身出世を果たした図もあるが

腹を刺されてうめいている男

転倒して怪我を負っている男の図もある。

 

 

今まで金猫が与えてきた様々な人間模様が

伝統仏画形式で描かれているのだ。

 

麗華は御神体が祀ってあるところまで来た。

 

 

UnsplashKiya G

 

 

金猫はふだん台座の上にすました顔で

鎮座しているが

必要とあれば御神体から抜けだして

その姿を自由自在に変化させることができる。

 

 

稲妻や雷鳴、突風、竜巻のように

自然現象の形をとることもあるし

人に化けることもある。

 

 

ある時は蓬髪の老人。

ある時は謹厳実直なサラリーマン。

またある時は妙齢の美少年。

年端もいかないしどけない童子。

 

 

様々な人の形に姿を変え

それとは気づかれずに

人々の前に姿を現しているかもしれないのだ。