新潮文庫の『夜間飛行』にはタイトル作と
『南方郵便機』が収められていますが
この二作は全く逆の立場・視点から描かれています。
『夜間飛行』は航空郵便会社の上司、命令を与える立場。
『南方郵便機』は命令を実行するパイロットの立場です。
『夜間飛行』
郵便を無事に運ぶ任務は崇高であり
雨だろうと嵐だろうと危険を冒して
継続しなければならない。
そのためには操縦士の犠牲もありうるという
規律が支配していました。
ある日、若い操縦士ファビアンが嵐に巻き込まれ
安否がわからない中
彼の妻が、支配人のリヴィエールを訪ねてきます。
「残念だけど今は待つより他には何もできないのです」
リヴィエールはそう答えますが、内心煩悶します。
ファビアンの一個人としての一家庭人としての
ささやかな幸福と
全体の幸せのために何かを犠牲にして
果たさなければならない義務
いっちどちらが大事なのだろう?
「愛されようとするには、同情さえしたらいいのだ。
ところが僕は決して同情はしない。
いやしないわけではないが、外面に現さない」
彼がもしたった一度でも、出発を中止したら
夜間飛行の存在理由は失われてしまう。
はたからは非情に見えるリヴィエールですが
若いパイロットたちとの間には
彼らにしかわからない信頼関係があります。
ファビアンの生還が絶望視されている中
リヴィエールは、次の出動命令を下します。
別の若い操縦士は
「あのわからずやのリヴィエールめが…
僕が怖がると思っているんだよ」
そう言って悪天候の中に飛び立っていくのです。
操縦士たちもまたフロンティア精神にあふれています。
この物語のことを考えていて
思い浮かんだのがNHK「プロジェクトX」の
「黒四ダム」でした。
史上最大の過酷な工事現場だった
「黒四ダム」は今では観光スポットになっていて
雄大な景色を見に多くの人が訪れますが
一角に殉職者慰霊碑があって
一人一人の名前が刻まれているのが名残です。
番組は一人の老人-かつての指揮官-が
這うように現場まで訪ねてくるところから始まります。
慰霊碑の前で
「この人たちのおかげなんです」
「この人たちがいたから工事ができたんですよ」
と声を震わせます。
過酷さゆえに逃げ出す者も多かったのですが
指揮官は「どんな時もひるむな」と叱咤激励して
工事を遂行させました
関西電力が深刻な電力不足に陥っていて
黒四ダムを7年の工期で完成させることが
どうしても必要だった。
インフラ整備が
全体の幸福につながるという大義のために
多くの犠牲者を出したことは賛否両論あります。
その点が私には『夜間飛行』と重なっていると
思えるのです。




