
「もしもし」
耀は急きこんで呼びかけたが返事がない。
息をつめて耳をすましたが、無言のまま、ぷつりと途絶えた。
今のは何だ。何があった?
一度確かにつながったはずなのに。
耀は慌ててかけ直したが、今度はなかなか電話に出ない。
いくら待っても不毛な呼び出し音を繰りかえすだけ。
電源が入ってないわけでも
電波が届かない場所にいるわけでもない。
相手が出ないのだ。
二〇回ほど呼び出し音を聞いたところであきらめた。
「ちくしょう」
開場の時間が迫ってきた。

入り口にはそろいのTシャツを着たスタッフが待機を始めている。
あと数分立てば館内に客の誘導を始めるだろう。
そうなればもう耀はお手上げだ。
コンサートが終わって客が出てくるまでに
最低でも二時間は待たなければならない。
帰りはいっせいに四方八方に散らばるので探すのはもっと難しくなる。
せっかくあの女店員から二人の情報をもらったというのに。

耀は再び発信し、携帯を耳に当てたまま走り出した。
携帯の着信音がどこかで鳴っていないか
誰かとる動作をしていないか、視線を素早く左右に巡らせる。
行列の先頭がぞろぞろ入りだして
耀の焦りがピークに達したその時だった。
どこかで携帯の着信音が鳴っている。
耀は振り返った。
一〇メートルほど先の大きな柱の陰に、男女二人が立っている。

音はどうやらそこから聞こえてくるようだ。
「出ろよ。どうして出ないんだ。
さっきから何回もかかってきているじゃないか」
男が怒鳴っている。
上背がありがっしりとした体格の男だ。
対する女の方は、男の体の中にすっぽりと
収まってしまいそうなほどか細くて小さい。
だが女も負けてはいなかった。
「必要ないからよ。
知らない番号には出ないようにしているの」
二人は自分たちの口論に気をとられ
耀が近づいていっても気がつかない。
着信音はまだ鳴り続けている。
耀は自分の手の中の携帯電話を見た。
画面には例の「くるみ」の番号が表示され
呼び出し中でつながったままだ。
そっと「切る」ボタンを押してみた。
数メートル先の着信音もぴたりと止んだ。
まさか、この電話番号は、あの女のものなのか!