【これまでのお話】
清司とえり子は市役所に勤めて数年の若いカップル、
清司は別館に異動になり室長をはじめとする職場のハラスメントに悩んでいた
一方、えり子も新しい職場で期待と緊張の入り混じった気持ちでいた。
積算については係長が説明に立った。
「加算率について本来〇、〇五%とするところを五%として誤って計算しましたので、えー。それで、えー」と途中で口ごもってしまった。
あれこれ考える必要なんてない。
答えはわかりきっているのだからと清司は思うのだが、よほど言いたくないらしい。
係長はややあって重い口を開く。
「その結果、金額にして五○万円ほど高く積算してしまいました」
「おーっ」と会場からどよめきが起こった。
これが単純ミスだったなら本当にあっぱれと言うしかない豪快さだ。
事務局は亀のようにただひたすら首を縮めて、苦しい時間を乗り越えるしかなかった。
小一時間たって何とか会議は終わった
「彼はスタンドプレーが好きだからな」
室長は会議室から出ながら誰に言うともなく苦々しげに言った。
* *
今日はこのカフェに来てみたかった。
一人でなんとなく。
一人でゆっくりしたい時に誠司はこの店に来る。
元々はこのカフェは四畳半ほどの狭い立ち飲みの店で、誠司は学生時代によく来ていた。
日本酒や焼酎が主なメニューだった。
お金がない時や、サークルの二次会でよく行っていたな。
寒い冬でも大勢で押しかけ、中がぎゅうぎゅう詰めでも、店の外の路上にまで人があふれ吐く息が白くても寒さなんか忘れて楽しかった。
数回の同期会でえり子と顔を合わせ、お互いに何となくいい雰囲気になって二人だけで会うようになってから、僕がこのカフェで待ち合わせしようと提案した。
自分のお気に入りの店を彼女に紹介したかったのだ。
何度かここで待ち合わせた。
先に来ているのは僕の方だった。
テーブル席に座って外を眺めているとえり子が-。
あれはえり子じゃないの。
僕の方を見ているけど、こっちをじっと見ているけど、まるで目に入っていないみたいだ。
どうして気づかないのだろう。