【これまでのお話】
清司とえり子は市役所に勤めて数年の若いカップル。
清司は別館に異動になり室長をはじめとする職場のハラスメントに悩んでいた。
一方、えり子も新しい職場で期待と緊張の入り混じった気持ちでいた。
予定していたシナリオ通りに会議は進んでいった。
会議室は机を口の字型に並べ窓側の席に座長の天童さん、右側の席に委員、左側の席に事務局という配置だ。
今年度の行事予定、予算説明、役員の紹介、執行部からの報告。
清司も自分の担当部会については説明に立って自分の仕事を果たした。
最後に残ったのが一番の難件だった。
去年の会計処理でミスがあったらしい。
今年、四年に一度の会計監査を受けるため、職員が書類を見直していたところミスが発覚したという。
この件で、一週間ほど課内はざわついていた。
室長が天童さんと直前まで打ち合わせをしていたのもこのためだ。
日隈たちのおしゃべりからもれ聞いたところによると
急いでいたために数字のけたを一つ間違えただの
右枠と左枠に書く数字を間違えただの
マニュアル書をよくよんでいなかったので特例措置を適用しなかっただの
単純ミスが重なったらしいが、こんな理由が受け入れられるとはとうてい思えない。
別の方便を探すだろう。
清司が来る前のことで直接関係がないし、詳しい話も聞いていないので、全くの傍観者というか、むしろ高みの見物という余裕の気分だ。
「昨年の決算書に誤りが生じたことについて大変恥ずかしく思い、皆さまに多大な迷惑をおかけしたことを深くお詫びいたします」
室長はいつもより神妙な口調で話し始めた。
ミスが起きた背景、簡単な経緯、修正の仕方等、十分ほどかけて丁寧に説明した。
どこもつつかれないように、何度も練った文章であることは間違いなかった。
「ただ今の説明について何かご意見、ご質問はありませんか」
室長は言葉を切るとゆっくりと一同の顔を見まわした。
目を細めて軽くうなずくと
「それではご理解いただけたということで、この件については承認するとしてよろしいですか」
打ちあわせ通りならば「異議なし」の声が上がるはずだった。
各委員には前もって一人ずつ電話をかけて話を通している。
根回ししていたのだから。
その時、一人の委員が手を挙げた。