思い残すことはなにもない
昨日土曜日、母を無事に地元の空港に送り届け、ゲートまでいって最後の最後までしっかりと飛行機に身柄を預けてきた。
思いっきり歩けるし走れる元気な82歳なんだけど、やっぱり一人だとてんぱっちゃうんで、今回も車いすのアシストを頼んでおいたのは正解。母を連れてアメリカに入国した際も、もたもた歩いている母を連れて入国審査や荷物のあっちからこっちへの移動なんてことやってたら私が発狂しそうだったから、誰かに母を運んでもらえるってのは本当に助かった。
で、昨日の日本への帰国は私がいないから、もちろん車いすアシストの登場。念には念をってことで、最後の最後のゲートで搭乗手続きカウンターでも「DCに着いた時にもちゃんと車いすアシストのリクエストが入っているか確認してください」ってお伺い。
空港のこういった車いすをおしてくれる人はいずれも優しいんだけど、やっぱりユナイテッドは職員からして酷いねー。アメリカンのエアラインはどこも食事が酷いのは有名だけど、それは食べ物を持参して機内に乗り込むってことでいつもしのいでいるけど、スッチーだけでなく、カウンターの職員も酷い。今回も少し手間取ったんだけど、カウンターで争っても母が気にするんでもめなかったけど、車いすのお姉さん(彼女は空港職員)が、後ですかさず「あのエアラインは本当に酷いね。どうしてもっとシンプルにやさしく対応できないのか理解に苦しむわ」って言われた。彼女もおどろく対応で「いつもあぁなのよあそこは」って事だった。
なんていうかな、アメリカのエアラインって、会社の顔的ポジションに、そこいらのスーパーの店員的な、気持ちも見た目も擦れた人使ってるよね。品がないし、航空会社の品格を思いっきり下げていると思う。まぁ、日系や欧州のエアラインと張り合う気もないんだろうけど。あくまで「人を運ぶ」ってことだけに専念しているって感じ。
ユナイテッドに未来はあるのだろうか?
+++++
とにかくだ、母はまたもや元気だった。昼寝も多かったし、時差がなかなかなおらないでお昼まで寝ていたってことも何回もあったけど、孫が勢ぞろいしていた数日間はまぁ元気なこと!
ボーリングも一緒、卓球大会ももちろん一緒、見ているこちらが何度ひやひやしたかって。
ボーリング。さすがにガターに落ちないようにバーあげしてあげたけど、ザ・左利きの1935年生まれはあっぱれだった。隣のレーンの人達も「怖い82歳」って呆れて(?)た。。。
孫たちと
娘ちゃんが買った洋服の裾上げなど針仕事。まるまってちっちゃい
独立記念日は家でBBQしたけど、外が暑くて死にそうだったので中で食べたわ
オットをはじめ、孫たちもまぁそれはそれは手厚いおもてなしをしてくれて、母は「日本に戻ってから大丈夫かしら」ってくらい、甘やかされていた。
私はそれが恐ろしいと思ったし、姉たちに悪いんで母には厳しく対応した。朝ごはんは自分のルーティンがあるようなので自分で用意させたし、本人もよく頑張っていた。一日おきに散歩に連れ出したし、買い物もせっせとついてきていた。というか、好奇心の塊だからこうやってアメリカくんだりまで付いてきて、さらにあちこちにも付いてくるって事なんだと思った。だから長生きするんだね。あと、結構自分大好きってのが大きい。人に迷惑かけるなーっとか思って新しい事に手を出さない人は長生きしないと思った。
私は長生きしたくないけど、できないとも思う。彼女みたいな好奇心と自分大好きって気持ちがないから。
今回は家族に感謝、そして親孝行に悔いはない。やりすぎに越したことないけど、もうこれ以上無理!って思った(笑)当たり前だけど、母は私がいないとどこにも一人でいけないし、私の日本滞在2週間も合わせると、なんと1か月も一緒だったんだから、密度が濃くてたまらなかった。なんど切れそうになったか分からないし、ほんとうにギリギリだった。
家族の皆さんご苦労様でした。オットも次男君もありがとう。娘ちゃんも長男も、万障繰り合わせて帰って着てくれてありがとう。あなたたちも思い残したことはないでしょう。よくやった。



