社会復帰できないスザンヌ
テーマはアメリカ限定ではないけど、今回はとりあえずアメリカで。
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斜め前に住むご近所さん。私たちがここへ越してきたときは既にいて、わりと高齢出産でもうけた子供が二人いた。旦那さんはとっても海外出張が多くて(ウチの近所はホントーに出張族の旦那が多い!)、彼女ももれずに母子家庭状態だった。
そこで3年前、子供達がまだ小学校低学年中に意を決して旦那さんの転勤話(駐在)にのり、家族みんなでタイへと引っ越していった。旦那さんはとても思慮深い落ち着いたひとで、奥さんのスザンヌ(スーザンではなくスザンヌってとこがミソ。いつも自己紹介の時にココを強調してたのが印象的)はカンザス出身の、絵にかいたような 《私、アメリカしか知りません。出たこともありません》って人だった。話すといい人なんだがそれ止まり。硬いんだよね。近所の東部出身の人に言わせると《彼女は典型中西部出身》らしい。他を知らない、知ろうともしない保守的な代名詞ってとこだろうか。
とにかく、スザンヌ一家がこの夏3年のお勤めを終えてアメリカに戻ってきた。以前住んでいた家は彼女のお父さんがたまに住んだりして残していたので、この夏は何もなかったようにまたその家に舞い戻ってきた・・・らしい。らしいって、この3か月彼らの姿を目にしていないから。
子供たちの年齢や彼女との趣味などに接点がないので、彼女が戻って来てからまったくあっていない。道路でかすりもしない。こういう住宅地では犬の散歩やジョギングでしか近所を徘徊しないし、常に車で移動なので彼女の家は我が家から見えるのに、ほんと~に誰一人目にしないってのが恐ろしい。
で、昨日隣にすむLの誕生日だったので、夕方彼女に小さなケーキを届けに行きちょっとしゃべったらスザンヌの事を聞かされた。どうも彼女、アメリカに戻って来て日常生活に馴染めなくて戸惑っているらしい。
そりゃそうだな、先ず一番の違いはお手伝いさんがいないことだろう。お掃除をしてくれるだけでなく住み込みだったらしいし。それに子供たちの学校が競争のないインターナショナルスクールから地元の競争バリバリの公立校に戻ったってこともあるかと。
エキスパートとしてあちらに行っていた旦那さんの好待遇から《One of them/フツーの人》に戻ったトランジションがまだできないらしい。
こういうことって仕事してる旦那さんは感じないんだよね。私のオットも日本→ドイツ→アメリカって場所は移り変わってもやってることは同じだからどこでもス~って溶け込んでたけど(出張で年中行き来してたし)、奥さんは大変なんじゃないかと思う。スザンヌの場合は言語が変わってないからその点はラクだろうけど、本人はそこは気づかないだろう、どこでも英語で通すアメ人だし。
こればっかりは馴れの問題かもしれないけど、私はお手伝いさんとか、家に他人が入って身の回りの事をしてもらうってのはダメだな。コントロールフリークだから、お手伝いさんの後ろに付いて回って『ココはこうして拭いて!』とか言って歩くのはしんどいわ。そんな自分に嫌気さしそうだし。
それと、自分の身体が不自由でないうちは、人にやってもらったらバチがあたるって感覚がある。貧乏性なんだな。お手伝いさんはうんと年取ったら大手を振ってお願いしたいけど、今は絶対にいらない!だから東南アジアにも引っ越さない!そんな話ないけど、もしなったら私はだらだらにだらけて腐った人間になっちゃうよきっと。
まぁとにかく、昨日はLに『ちょっとさ、スザンヌを励ます会でもしようか。Schatziとかリンとか、海外から移住してきていまだに生き残っている人と話をすると息を吹き返すんじゃないかな?』って話になった。まぁ、どうだろね、こういうことは自分で解決しなくちゃいけないんだけどね、大人なんだし。
ほんと、いろんな人がいるわ。