敬語が話せない
来週から高校だ~うれし~♪とか思っている私だが、じつは毎晩 『次男を本当にあの高校に行かせることにして正解だったのだろうか』って自問している。ほんと毎晩、布団にはいるとコレを思いながら寝入るって感じ。
・近所の友達とはまったく接点がない、誰も知り合いがいないところへ行かせる。そんなことまでして行かせる価値がある学校なのだろうか
・これから毎日行きも帰りも私とオットの運転になる。朝はラッシュにかちあわないように、事故に巻き込まれないようにって心配が付いて回る。
当の本人は相変わらず新しい事にトライする事が好きだし、なんてったって人が大好きだから『知り合いがいないなー』って心配は本人にこれっぽっちもない。むしろ、新しい人と知り合える、ドイツ語も一日起きに喋れるってウキウキしてる。音をあげるとしたら私っぽい。運転が辛いとか愚痴りそう。しっかりしなくちゃ。
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この夏、娘や長男が帰ってきた時に皆で話していてふっと次男、ドイツ語の敬語が使えないって今頃気が付いた。
ドイツ語には英語のYou に相当する二人称代名詞にSie と Du の二種類がある。Sie は敬語で、Du は友達や家族などとのフランクな会話に使われる親称。英語なら Could you とかWould youなどの丁寧にいう言い回しがあるだけだが、ドイツ語だとそもそも文章の動詞の変化がまるっきり違って、別物の文章が出来あがる。
初対面や年上の人対しては、いわゆるSiezen といって、会話はかならずSie から始まり、『Du (フランクな言い方)で会話しませんか?』って、年上や地位の高い方からの申し出があった場合にDu形式に移行されるのが常。例えばお店の人との会話などは、よっぽどお得意さんにでもなって、年齢や立場が上の方っぽい側からのDu で行きましょうってオファーがない場合はずーーーーっと一生Sie で会話がされる。
昨今は時代の流れで(英語の影響大)会社でも初対面で«Duzenでいいよね?»って感じで初めの一言からいきなりDuで始まるケースも多いらしいし、オットも最近は明らかに年下であろう相手からの Du での切り出しを多く経験するらしい。
昔、私がドイツで死に物狂いで(?)ドイツ語習っていた時は、先生とはどんなに仲が良くても『Sieでの会話力をスムーズにするため』って理由でSieで通し、他の生徒たちとの会話ではDu で行うよう教えられた。動詞の変化が双方まるっきり異なるからほんとに厄介な言語だ。
でも、私はこの«今までSiezenで会話していた人からある日突然Duzenにしませんか?とオファーされたとき»の、お近づきになれるのね♪って感覚がとても好きだった。例えば、幼稚園での送り迎えでは軽くSiezenしてたのに、ある日突然 Duにしましょうって言われたり、よく行くパン屋でずーっとSieで対応されていたのに、その人とちょっとの共通点が分かった段階で向こうからDuでもいい?って言われたり、こういうちょっと遠慮した会話の入り方が好きだった。初対面ではとっつきにくい印象のドイツ人だけど、SiezenからDuzenに移行してその警戒心が解けたときのギャップが好きだったりしたものだ。
って、話がそれたが、次男がSiezenできないのは、彼がドイツ語を話す相手が今も昔もずーっと知り合いばかりだから。ドイツの子供たちはDuから初め、小学校に上がって先生との会話を通してSiezen を修得していき、だんだんと大人になるにつれて、どこでDuzenにしたらいいのかってタイミングをつかんでいくものであって、アメリカで育った次男には耳にする場もなければ練習する場もないから仕方ないって話。
で、試しに昨日の次男とドイツ語教師の対話を聞いていたところ、やっぱり先生からDuzenしてきてるから次男もフツーにDu で返してた。あー先生、Siezenしてほしいなー。じゃないと次男は一生覚えないよ!
次男はかなりゆっくりだけど本は読めるので、一応フォームの違いは分かるし、Siezenがまるっきり分からないわけではないが、例えばMōchten Sie etwas trinken?と Magst du was trinken? の違いは耳からでも目からでも違いは分かるが、自分から会話で使ったり書いたりの使い分けはまったく馴れていない。
ま、これらができないから学校に行くわけで、いまできなくてもいいんだけどね。しかし、これから気を付けてこれらを習得するのは辛いだろうなーって思ったわけだ。
気長にがんばってくれたまえ。