Beständigkeit/不変性、安定性
チョコレートがいくつか入っていなかった、今年のアドヴェントカレンダー。
そんなつもりはなかったんだが(ほんとかよって話だけど)、クラウディアに「ちょっと見てよ!」って写真を送ったら、なんと、次の日にすぐにお店に出向いて、「アメリカに住む友達がね…カクカクシカジカ…」って売り子さんに話したら、「それは可哀想に…」って言って、クラウディアが証拠写真を見せる前に、ささっと新しいカレンダーをくれたらしい。
「チョコレートが入っていなかったなんて、なんて可哀想なxx(次男)」って、クラウディアおばちゃんはいつもの行動力なんだけど、ドイツのお店も捨てたもんじゃないなと思った。
このお店はクラウディアが御用達のお店で顔も聞くところでもあるが、さすがの老舗。チェーン店とはいえ、お店の人の人柄がとても良くて評判なだけある。
私が住んでいた時も、本当に良く利用した。去年久しぶりに寄った時も、「お久しぶり!いつもの紅茶?500gで3パック?」って言って、さっさと計って袋詰めしてくれたくらい、常連客のお茶の種類を覚えているところに感心したのだった。お支払いが済んだ後には「お子さん達に」って、アマレットのお菓子を袋に入れてくれた。「また次会うときまでお元気で」って。
この時少し話したが、彼女はこの店で17年目だそうだ。
私の事だけでなく、オットの事も覚えてくれていて、今でもここでのお使いはオット曰く「顔を見せれば彼女がものを差し出してくれるから、僕は支払いをするだけ」らしい。
チョコレートに目がないオットへは、いつもコンフェクトのショーケースから一つ、好きなものを選ばせてくれるそうだ。
こういう心遣いや一言がとてもうれしい。
昨日は、クラウディアに聞きたい事があって、テキストではなく、久しぶりに電話をした。
話の途中に玄関のベルが鳴り、「ちょっと待ってSchatzi、郵便屋さんだわ。なんか荷物を持ってるから玄関開けなきゃ…」っと言いながら玄関のドアを開け、郵便屋さんとのやり取りが聞こえた。
私がクラウディアを通して「あ!いつもの彼だ!懐かしい声が聞こえて嬉しい!」って電話越しに叫んだら、
「あ、この電話、ほら、Haupt Straße xx に住んでいたFamillie Schatziよ!彼女がよろしくって言ってるわ!」ってクラウディアが郵便屋さんに言うと、「ああ!」って声が聞こえた。彼の息子は、私の長男と一緒のサッカーチームだったっので、「息子達元気にやってる?」って一言三言会話ができて、これまた思いがけずに笑ったのだった。
こういう、ドイツの変わらない「Beständigkeit/不変性、安定感 」が私を支えてくれているって、またクラウディアに言っちゃった。
自分たちは変化を求めて勝手に移住してしまったけど、私達家族がこうしてどこでも楽しく暮らせるのは、ドイツの友達や地域というBeständigkeit があるからなんだ。もちろん、日本の家族や友達、彼らも変わらずにいてくれて、本当にありがたい。
変わらずにいるって実は大変な事なんだよねって、変化の多いアメリカにいると、つくづく考えさせられる今日この頃である。
そんなつもりはなかったんだが(ほんとかよって話だけど)、クラウディアに「ちょっと見てよ!」って写真を送ったら、なんと、次の日にすぐにお店に出向いて、「アメリカに住む友達がね…カクカクシカジカ…」って売り子さんに話したら、「それは可哀想に…」って言って、クラウディアが証拠写真を見せる前に、ささっと新しいカレンダーをくれたらしい。
「チョコレートが入っていなかったなんて、なんて可哀想なxx(次男)」って、クラウディアおばちゃんはいつもの行動力なんだけど、ドイツのお店も捨てたもんじゃないなと思った。
このお店はクラウディアが御用達のお店で顔も聞くところでもあるが、さすがの老舗。チェーン店とはいえ、お店の人の人柄がとても良くて評判なだけある。
私が住んでいた時も、本当に良く利用した。去年久しぶりに寄った時も、「お久しぶり!いつもの紅茶?500gで3パック?」って言って、さっさと計って袋詰めしてくれたくらい、常連客のお茶の種類を覚えているところに感心したのだった。お支払いが済んだ後には「お子さん達に」って、アマレットのお菓子を袋に入れてくれた。「また次会うときまでお元気で」って。
この時少し話したが、彼女はこの店で17年目だそうだ。
私の事だけでなく、オットの事も覚えてくれていて、今でもここでのお使いはオット曰く「顔を見せれば彼女がものを差し出してくれるから、僕は支払いをするだけ」らしい。
チョコレートに目がないオットへは、いつもコンフェクトのショーケースから一つ、好きなものを選ばせてくれるそうだ。
こういう心遣いや一言がとてもうれしい。
昨日は、クラウディアに聞きたい事があって、テキストではなく、久しぶりに電話をした。
話の途中に玄関のベルが鳴り、「ちょっと待ってSchatzi、郵便屋さんだわ。なんか荷物を持ってるから玄関開けなきゃ…」っと言いながら玄関のドアを開け、郵便屋さんとのやり取りが聞こえた。
私がクラウディアを通して「あ!いつもの彼だ!懐かしい声が聞こえて嬉しい!」って電話越しに叫んだら、
「あ、この電話、ほら、Haupt Straße xx に住んでいたFamillie Schatziよ!彼女がよろしくって言ってるわ!」ってクラウディアが郵便屋さんに言うと、「ああ!」って声が聞こえた。彼の息子は、私の長男と一緒のサッカーチームだったっので、「息子達元気にやってる?」って一言三言会話ができて、これまた思いがけずに笑ったのだった。
こういう、ドイツの変わらない「Beständigkeit/不変性、安定感 」が私を支えてくれているって、またクラウディアに言っちゃった。
自分たちは変化を求めて勝手に移住してしまったけど、私達家族がこうしてどこでも楽しく暮らせるのは、ドイツの友達や地域というBeständigkeit があるからなんだ。もちろん、日本の家族や友達、彼らも変わらずにいてくれて、本当にありがたい。
変わらずにいるって実は大変な事なんだよねって、変化の多いアメリカにいると、つくづく考えさせられる今日この頃である。