もっとコミュニケーションしよう | sunset diary

もっとコミュニケーションしよう

この週末、オットと次男は、近所の友達家族とスキーに行っている。

私は家で留守番。至福のひと時を送っている。うれしくて、あれもこれもってやっているうちに、今日の午後家に二人は帰って来てしまうんだけど。

元は、オットと近所の友達家族の息子たちだけを連れて、父子だけでスキーにいこうって計画だったのに、その家の奥さんと7歳の娘も「私たちも一緒にいく!」って言い出し、「Shatziも一緒にいこうよ~」って言うことになってしまった。行きませんでしたよ、私は。彼女と一緒に行ったら、結局私はその7歳の娘とお母さんと、そこらへんで雪遊び?で、夜もそのわがまま娘にかき回される週末を過ごすために、貴重な週末は使いません。

私、すでに子どもの面倒は20年以上、十分見てきたので、もう次男より下の子と過ごすのに喜びは見いだせないの。ママ友ではあるけど、彼女と週末をずーっと一緒に過ごしたいとは思わないし。残念。

と、昨日の土曜日はとても良い天気で、やっと庭仕事ができた。散歩にもいったし、SATC などのGirlyなDVDを大音量でリビングで食事しながら観るっていう、家族が家にいたら絶対にできない事を2夜連続でやったりと、とにかく一人で家にいることを満喫した。そろそろ、誰か帰って来てもいいかな、とは思うが。実に勝手なもんだ。

で、私は一人でも食べ物には結構こだわる方なので、昨日は夕方、夜の酒の肴を求め、スーパーに車を走らせた。その時点で、夜7時半ごろ。私が育った時、母は常に「外が暗くなってから女がスーパーに買い物なんか行くもんじゃないわよ』と言われて育ったので、昨日はそんなことが頭をよぎったが、そんなの気にしないもんね。普段できない事をするのがこの週末のミッションなんだから。

そして、この後の家での一人飲みにウキウキしながらスーパーを出たのが8時ごろ。スーパーの出口には、Red Boxっていう、ブルーレイやゲームのレンタル自販機(?)がある。ここで、若い太ったお母さんが、3歳くらいの息子に映画かゲームを選ばせていた。

土曜日の夜8時だよ?これから家に帰って、子供にコレをあてがって、お母さんは別の事をするのか?なんて構図が頭に浮かんだ。

最近のお母さんは、公園で遊んでいるときも、スキー場のカフェでも、ずーーーーーーーーーっとケイタイ握って、何か見てるの。子供を見ていないの。子どもの大事な成長を見逃しているって、わからないんだよね。子育てはリセットなんて効かないのに。アレ、初めて目にした時びっくりした。公園のお母さん同士がおしゃべりしないで、それぞれがベンチに座ってケイタイ見ているの。今では驚かなくなったけど。公園は、子供を遊ばせるだけの場所ではなく、知らない人たちとの話を切り出す、ソーシャルの仕方を子供たちに教える場でもあるのに、ケイタイばっかりみて、「私に話しかけないで光線」発してどうするよ~

先日、学校が雪で休みの時、前出の近所のママ友と子供たちを誘って、ランチに行ったとき、男の子達は15歳と13歳だから、おしゃべりを楽しみながら食事を待っていることができたが、下の7歳の娘はそれができない。で、彼女は車の中からアイパッドで映画を観ていて、食事がサーブされるまでの間、これまたずーーーーーーーーーっとそのバッドを手放さなかった。おかげで(?)私とママ友は息子たちとのおしゃべりを楽しむことができたが、これって嫌だな~って思った。

レストランでもよく見かける光景なんだけど、子どもにケイタイやタブレットを与えて、大人はおしゃべりって、正しい子育てとは思えない。時代が違うとは言い切れない。こういう子育てしていると、あとで絶対ツケが回ってくる。親はいいよ、順番からすると、子より先に死ぬんだから。

日本で、昔とは違った少年犯罪のニュースをみて心を痛めているが、きっと今の日本でも、こういった、親が子供を見ているようでみていない子育てをしてることの結果なのではないかと思った。便利なモノたちの副産物は、子供にしわ寄せがいっている。

世の中のお母さんたち、子供の成長を見ていなくちゃダメだよ。それで、試行錯誤しながら育てていくのが子育てなんだよ。間違えても修正はいくらでもきく。でも、子どもをみていなかったらそれはできない。

と、昨日のレンタル自販機の光景を見て、あれこれ思いが飛んだ週末だった。