実に難しい
近所に住む次男の友達家族、W家。
数年前にうちの近所に引っ越してきた夏、新学期前のクラス発表の日に『xxのママでしょ?私、近所に越してきたサムのママのデビー、よろしくね!xxは先週ウチに遊び来たのよ!サムはとってもシャイで新しい友達を作りにくいから、xxみたいに積極的な友達ができて私はとっても安心したの、しかも同じクラスだなんてなんてラッキー!』
と初対面で言われた。引っ越しの車を近所で見かけたら直ぐチェックしにいく息子らしい…。
それからというもの、クラスは翌年からバラバラにはなったが、バスも一緒だし、うちのおしゃべり息子と”Man of few words/口数少ない男 ”のサムはまるで漫才コンビのような関係がつづいている。
サムは3人兄弟の真ん中で、2つ上のお兄ちゃんの友達に一緒にくっついて遊びに行くか、うちに来るかのどちらで、これらもすべてお母さんが常に予定を立ててあげている。
お母さんのデビーは実はここに越してきたとき、乳がん発生/手術から2年目だった。彼女は典型アメリカン女性で、病気を公にし、常に自分の闘病生活を話す人だった。あっけらかんとして、そうか、乳がんでも全然平気なんだって思ったものだった。
彼女は常に『Life is short』って口にする。だから楽しまなくちゃって。
そもそも乳がんの発見は3人目で待望の女の子が生まれたあと、3か月目の自分の婦人科検診で分かったのだった。この段階でステージ3。授乳真っただ中、しこりは飲み残しだとばかり思っていたらしい。
私は同じく子供を持つ親としてこの段階を想像してみた。10歳、7歳の息子が家にいて、生後3か月の娘が腕の中にいる。そして乳がんの宣告。
こんな地獄は想像しがたい。
彼女が手術をし、抗ガン治療に入った矢先、今度は旦那さんがPAの本社から、NCのオフィスに転勤の話を持ち掛けられ、条件の良いNCに旦那さんだけ先に引っ越しを済ませたのだ。
この時デビーは自分のお母さんに来てもらい、闘病生活と母子家庭を半年過ごした。この頃の彼女の写真をみると、頭にバンダナ巻いて赤ちゃん抱いている。よく生き延びたと、今は元気にしているデビーを抱きしめたことがある。
母親ってすごいと思う。というか、デビーはすごい。彼女はここで腹を括ったのかもしれない。
さて乳がんの悪夢から5年が過ぎ、この春にフェイスブックにも投稿し、これからも私は絶対に再発しないように頑張るって誓っていた。
そんな矢先、最近うちの息子とサムがあまり遊ばないのでデビーが心配し始めた。
サムはどちらかというと出不精で、私の息子が彼の家に来るのを待っているか、そのままお兄ちゃんとゲームで遊ぶかのどちらかだ。デビーはこんな息子達の為に水泳チームに子供たちを入れて社交性を養おうと躍起になると同時に、彼らとは別のタイプの5歳になった一人娘のアシュリーに手を焼く毎日を送っている。
アシュリーは私の次男の女バージョンで社交の塊、しかもそうとうなビッチなのだ。家ではお姫様だし偏食女王、そして同年代の子供たちとは遊べないときている。彼女は幼稚園の先生から三行半を下されたこともあり、幼稚園を変えた経緯がある。お母さんのデビーはここにも頭痛の種があるのだ。
そんなデビーの気がふれない(?)のは、こういう悩みをいろいろな人に話すからだろうか。彼女は人に打ち明けることでバランスをとっているのだ。そりゃそうだ、こういう状況を内に溜め込んだら癌が再発してしまいかねない。どんどん発散して活性化してくれ!って私もよく言う。私に話すことで気がまぎれるならどんどん使ってもらいたい。
と、数日前に久しぶりに一緒にプールに行ったとき、彼女は私の息子がそこに居合わせたほかのクラスの女の子のグループに入り込んでボールで遊んでいたのを目撃し、
「ほらSchatzi,xxはああやって人の輪に入っていけるのよね、ほらみて、私の息子たちはああいうのは絶対にダメ。アレックス(長男)はいいとして、次男のサムはここに来てから余り友達がいないのよ。これからだって、xxとは離れ離れの学校になっちゃうし、この先どうなるか私は心配なの…。』
と言ってきた。私は、
『xxは特別だよ。うちの長男も娘もあんなんじゃなかった。xxはいつもお兄ちゃんやお姉ちゃんの友達仲間のマスコットとして扱われてきたからああなっちゃったのよ。それに、サムが友達が少なくて寂しい思いをしているとは思えないよ。彼はああいう性格なんだってば!ほら、うちのxxとサムはよく『Old couple』って言われているじゃない?xxがばかやって、サムが突っ込んでるじゃない。大丈夫、うちは引っ越さないし、学校が変わってもxxはサムの事をないがしろにしないから!安心して!』
とフォローした。
彼女はもし自分になにかあったら…と、残された子供たちのことが心配なのかもしれない。
だから社交に全力投球しているのか?
私のオットは『子供の交友関係に全力投球するのはかえって彼らがかわいそうだ。自分が先にいっちゃうかもしれないからと子供たちを甘やかせるのでなく、あの娘をどうにかするのが先決だと思う。でも、自分がその立場じゃないから僕たちはなんでも言えるんだ。これは難しい』と言っている。
そうなんだよね、あの娘がいっつも野放しで大人の話にしょっちゅう割り込んでくるから話にならなくて、普通の人たちはこの家族と距離をもとうとしているのがよくわかるんだ。
私はもっともな理由もないのに断れない優柔不断な日本人だから、よく誘われる。明日もそうだ。またボートだ。だってきっぱり断る理由がないんだもん…
数週間前は『xxの野球があるから』って断り、その次は『夫が調子悪から…(この人も、この娘がうざくて行きたくないのだ)』、そして明日は『夫がいないから~』って言ったら、『Schatziとxxだけでも来ればいいじゃない?』って言われた。
断ったらサムがかわいそう?とかおもって、結局行くことにした。
っていうか、サムはそろそろ私の息子に飽きてるんじゃないかね?私の息子はうざいタイプだから、サムはいつもxxと一緒じゃ新鮮味がないとおもうんだよね、なのに明日もまた一緒だ。
親の心子知らず、いや、子の心親不知なのかもしれない。
子育ては実に難しいね。
数年前にうちの近所に引っ越してきた夏、新学期前のクラス発表の日に『xxのママでしょ?私、近所に越してきたサムのママのデビー、よろしくね!xxは先週ウチに遊び来たのよ!サムはとってもシャイで新しい友達を作りにくいから、xxみたいに積極的な友達ができて私はとっても安心したの、しかも同じクラスだなんてなんてラッキー!』
と初対面で言われた。引っ越しの車を近所で見かけたら直ぐチェックしにいく息子らしい…。
それからというもの、クラスは翌年からバラバラにはなったが、バスも一緒だし、うちのおしゃべり息子と”Man of few words/口数少ない男 ”のサムはまるで漫才コンビのような関係がつづいている。
サムは3人兄弟の真ん中で、2つ上のお兄ちゃんの友達に一緒にくっついて遊びに行くか、うちに来るかのどちらで、これらもすべてお母さんが常に予定を立ててあげている。
お母さんのデビーは実はここに越してきたとき、乳がん発生/手術から2年目だった。彼女は典型アメリカン女性で、病気を公にし、常に自分の闘病生活を話す人だった。あっけらかんとして、そうか、乳がんでも全然平気なんだって思ったものだった。
彼女は常に『Life is short』って口にする。だから楽しまなくちゃって。
そもそも乳がんの発見は3人目で待望の女の子が生まれたあと、3か月目の自分の婦人科検診で分かったのだった。この段階でステージ3。授乳真っただ中、しこりは飲み残しだとばかり思っていたらしい。
私は同じく子供を持つ親としてこの段階を想像してみた。10歳、7歳の息子が家にいて、生後3か月の娘が腕の中にいる。そして乳がんの宣告。
こんな地獄は想像しがたい。
彼女が手術をし、抗ガン治療に入った矢先、今度は旦那さんがPAの本社から、NCのオフィスに転勤の話を持ち掛けられ、条件の良いNCに旦那さんだけ先に引っ越しを済ませたのだ。
この時デビーは自分のお母さんに来てもらい、闘病生活と母子家庭を半年過ごした。この頃の彼女の写真をみると、頭にバンダナ巻いて赤ちゃん抱いている。よく生き延びたと、今は元気にしているデビーを抱きしめたことがある。
母親ってすごいと思う。というか、デビーはすごい。彼女はここで腹を括ったのかもしれない。
さて乳がんの悪夢から5年が過ぎ、この春にフェイスブックにも投稿し、これからも私は絶対に再発しないように頑張るって誓っていた。
そんな矢先、最近うちの息子とサムがあまり遊ばないのでデビーが心配し始めた。
サムはどちらかというと出不精で、私の息子が彼の家に来るのを待っているか、そのままお兄ちゃんとゲームで遊ぶかのどちらかだ。デビーはこんな息子達の為に水泳チームに子供たちを入れて社交性を養おうと躍起になると同時に、彼らとは別のタイプの5歳になった一人娘のアシュリーに手を焼く毎日を送っている。
アシュリーは私の次男の女バージョンで社交の塊、しかもそうとうなビッチなのだ。家ではお姫様だし偏食女王、そして同年代の子供たちとは遊べないときている。彼女は幼稚園の先生から三行半を下されたこともあり、幼稚園を変えた経緯がある。お母さんのデビーはここにも頭痛の種があるのだ。
そんなデビーの気がふれない(?)のは、こういう悩みをいろいろな人に話すからだろうか。彼女は人に打ち明けることでバランスをとっているのだ。そりゃそうだ、こういう状況を内に溜め込んだら癌が再発してしまいかねない。どんどん発散して活性化してくれ!って私もよく言う。私に話すことで気がまぎれるならどんどん使ってもらいたい。
と、数日前に久しぶりに一緒にプールに行ったとき、彼女は私の息子がそこに居合わせたほかのクラスの女の子のグループに入り込んでボールで遊んでいたのを目撃し、
「ほらSchatzi,xxはああやって人の輪に入っていけるのよね、ほらみて、私の息子たちはああいうのは絶対にダメ。アレックス(長男)はいいとして、次男のサムはここに来てから余り友達がいないのよ。これからだって、xxとは離れ離れの学校になっちゃうし、この先どうなるか私は心配なの…。』
と言ってきた。私は、
『xxは特別だよ。うちの長男も娘もあんなんじゃなかった。xxはいつもお兄ちゃんやお姉ちゃんの友達仲間のマスコットとして扱われてきたからああなっちゃったのよ。それに、サムが友達が少なくて寂しい思いをしているとは思えないよ。彼はああいう性格なんだってば!ほら、うちのxxとサムはよく『Old couple』って言われているじゃない?xxがばかやって、サムが突っ込んでるじゃない。大丈夫、うちは引っ越さないし、学校が変わってもxxはサムの事をないがしろにしないから!安心して!』
とフォローした。
彼女はもし自分になにかあったら…と、残された子供たちのことが心配なのかもしれない。
だから社交に全力投球しているのか?
私のオットは『子供の交友関係に全力投球するのはかえって彼らがかわいそうだ。自分が先にいっちゃうかもしれないからと子供たちを甘やかせるのでなく、あの娘をどうにかするのが先決だと思う。でも、自分がその立場じゃないから僕たちはなんでも言えるんだ。これは難しい』と言っている。
そうなんだよね、あの娘がいっつも野放しで大人の話にしょっちゅう割り込んでくるから話にならなくて、普通の人たちはこの家族と距離をもとうとしているのがよくわかるんだ。
私はもっともな理由もないのに断れない優柔不断な日本人だから、よく誘われる。明日もそうだ。またボートだ。だってきっぱり断る理由がないんだもん…
数週間前は『xxの野球があるから』って断り、その次は『夫が調子悪から…(この人も、この娘がうざくて行きたくないのだ)』、そして明日は『夫がいないから~』って言ったら、『Schatziとxxだけでも来ればいいじゃない?』って言われた。
断ったらサムがかわいそう?とかおもって、結局行くことにした。
っていうか、サムはそろそろ私の息子に飽きてるんじゃないかね?私の息子はうざいタイプだから、サムはいつもxxと一緒じゃ新鮮味がないとおもうんだよね、なのに明日もまた一緒だ。
親の心子知らず、いや、子の心親不知なのかもしれない。
子育ては実に難しいね。