長い道
新年早々2日から次男の学校が始まり、その日の朝8:00にアレルギー注射の予約も入っていた。
この日からランクがまた一つあがり、5ランク目に突入。1ランク(周期)が4週間なので、もう5ヶ月もやっているのかと感慨深かった。子供ってのはまだまだ親の言いなりで、大人が続ける限り何処までもついてこなくちゃいけないんだね。大人はほんとに子供を大事にしなくちゃね。
で、この5ランク目にきて始めて拒否反応を軽く起こした。たった0,02mlを打っただけで、腕がみるみるふくれて行った。幸い、局部が膨れただけで体全体へは回らず、従って器官もok、眩暈などの自覚症状も無いのでそのまま学校へ言っていいことになった。先生にも一応知らせたし、私ももしもの電話に備えていた。アレルギー反応は直ぐにでなければそれで終わりってのがわかっているから学校にいかせられるんだけどね。あと、学校にもエピペンが置いてあるってのも心の支えかな(日本で最近あった学校給食でのショック反応を起こしたケース、あれは学校にエピペンおいてなかったんだろうか?うちの学校ではアレルギーのある子は強制的に学校に一つ保管させられます)
とにかく、反応があったので、うちで私が打つのでなく、次も病院でってことでまた週明けに出向いた。その頃には腫れが引いたので、同じ腕のちょっと下に打つことにした。するとまたぷくーっとみるみる腫れて、肘を圧迫してきた。これはさすがに息子もuncomfortable らしく、痛痒いといい出した。アメリカではポピュラーなBenedryl(痛み止め)を飲まされ、コーチゾンクリームを塗り、とにかく冷やすように言われてそのまま学校へ送り届けた。先生にもすぐメールを送り、教室でも冷やすことを許可してくれるようにお願いした。アメリカの公立校はこういった「unusual」なことを嫌い、すべて書面で許可をもらわないと絶対に受け入れてくれないんだ。全ては親からの訴訟が怖いからってのがあるからなんだな、これが。子供が「腕を冷やさなくちゃいけないんだ」っていっても信じてくれない…
とにかく、この日は午後早退させて、また医者へ行き、腫れを診てもらった。結果、2週間腕を注射から解放し、処方をレベル4に戻すことになった。レベル5には体がまだ慣れていなかったって結論に至ったのだ。0,02mlでも反応するってことはまだまだなんだなーと途方に暮れたね、母は。。(´д`lll)
注射からいったん解放された息子は喜んでいるが、この腫れがなかなか引かない。母は夜、彼が寝付いてからも2度ほど腕を冷やしていてあげたんだけど、絶対に音をあげない息子が可哀想になった。(遅いよな、私)
「○○、余りに痛くて痺れるようだったら救急に行こう!腫れがながくつづくと神経を圧迫して良くないからね。最悪の場合、腕を切らなくちゃ行けないし-言い過ぎ?-(^^;;」
息子は少し考え、「そうか、腕を切るのは嫌だな、ママ。僕右利きだし、テニスも水泳も出来なくなる」と、相変わらずの分析が始まった。
「あー、でも左腕があるしほら、ラファは左利きだし、字だって左で覚えればいいじゃない?水泳は難しいだろうけど、脚が二本あるし前へは進めるよ」と言うと、
「そうか、そうだね。腕が一つなくなっても大丈夫だね」と、相変わらずの答えが帰ってきた。
勿論、腕が一本無くなるなんて想像したくないけど、この子は此の先、どんな苦悩もこの調子で乗り越えるんだろうなーと、いじらしく思えた。
昨夜も彼が寝入った辺りから一度冷やし(この子は眠りが深くて何をされても起きない!)、今朝は腫れが引いていた。
「ママ見てほら、腫れが引いたよ」とやってきた。
やれやれだ。
この減感作療法はまだまだ続く長い道なのだ…・°・(ノД`)・°・
この日からランクがまた一つあがり、5ランク目に突入。1ランク(周期)が4週間なので、もう5ヶ月もやっているのかと感慨深かった。子供ってのはまだまだ親の言いなりで、大人が続ける限り何処までもついてこなくちゃいけないんだね。大人はほんとに子供を大事にしなくちゃね。
で、この5ランク目にきて始めて拒否反応を軽く起こした。たった0,02mlを打っただけで、腕がみるみるふくれて行った。幸い、局部が膨れただけで体全体へは回らず、従って器官もok、眩暈などの自覚症状も無いのでそのまま学校へ言っていいことになった。先生にも一応知らせたし、私ももしもの電話に備えていた。アレルギー反応は直ぐにでなければそれで終わりってのがわかっているから学校にいかせられるんだけどね。あと、学校にもエピペンが置いてあるってのも心の支えかな(日本で最近あった学校給食でのショック反応を起こしたケース、あれは学校にエピペンおいてなかったんだろうか?うちの学校ではアレルギーのある子は強制的に学校に一つ保管させられます)
とにかく、反応があったので、うちで私が打つのでなく、次も病院でってことでまた週明けに出向いた。その頃には腫れが引いたので、同じ腕のちょっと下に打つことにした。するとまたぷくーっとみるみる腫れて、肘を圧迫してきた。これはさすがに息子もuncomfortable らしく、痛痒いといい出した。アメリカではポピュラーなBenedryl(痛み止め)を飲まされ、コーチゾンクリームを塗り、とにかく冷やすように言われてそのまま学校へ送り届けた。先生にもすぐメールを送り、教室でも冷やすことを許可してくれるようにお願いした。アメリカの公立校はこういった「unusual」なことを嫌い、すべて書面で許可をもらわないと絶対に受け入れてくれないんだ。全ては親からの訴訟が怖いからってのがあるからなんだな、これが。子供が「腕を冷やさなくちゃいけないんだ」っていっても信じてくれない…
とにかく、この日は午後早退させて、また医者へ行き、腫れを診てもらった。結果、2週間腕を注射から解放し、処方をレベル4に戻すことになった。レベル5には体がまだ慣れていなかったって結論に至ったのだ。0,02mlでも反応するってことはまだまだなんだなーと途方に暮れたね、母は。。(´д`lll)
注射からいったん解放された息子は喜んでいるが、この腫れがなかなか引かない。母は夜、彼が寝付いてからも2度ほど腕を冷やしていてあげたんだけど、絶対に音をあげない息子が可哀想になった。(遅いよな、私)
「○○、余りに痛くて痺れるようだったら救急に行こう!腫れがながくつづくと神経を圧迫して良くないからね。最悪の場合、腕を切らなくちゃ行けないし-言い過ぎ?-(^^;;」
息子は少し考え、「そうか、腕を切るのは嫌だな、ママ。僕右利きだし、テニスも水泳も出来なくなる」と、相変わらずの分析が始まった。
「あー、でも左腕があるしほら、ラファは左利きだし、字だって左で覚えればいいじゃない?水泳は難しいだろうけど、脚が二本あるし前へは進めるよ」と言うと、
「そうか、そうだね。腕が一つなくなっても大丈夫だね」と、相変わらずの答えが帰ってきた。
勿論、腕が一本無くなるなんて想像したくないけど、この子は此の先、どんな苦悩もこの調子で乗り越えるんだろうなーと、いじらしく思えた。
昨夜も彼が寝入った辺りから一度冷やし(この子は眠りが深くて何をされても起きない!)、今朝は腫れが引いていた。
「ママ見てほら、腫れが引いたよ」とやってきた。
やれやれだ。
この減感作療法はまだまだ続く長い道なのだ…・°・(ノД`)・°・