責任
週末、長男の友達Jが、我が家に泊まりました。よくあることですが、今回はワケ有りです…。この子の家族構成はちょっと複雑で、お母さんが再婚して、新しいお父さんとの間に異父兄弟が2人でき、その後、お母さんはまた離婚してます。子供達はお父さんになついているので、そのまま父親が3人の親権を得、Jも継父の下で暮らしています。そして実の母親は再々婚…。Jは年頃なので、うるさい母親の下にいるより、継父の下を選んだらしいです。この半年、彼はうちの長男としょっちゅうつるんでいますが、とてもシャイでいい男の子です。いい子だなと思っていたら、この義父さんもいい人でした。何度か電話があり、私と彼は十分コンタクトを取り合っていました。この年頃の男の子、しかも車があって出歩く彼らの行動範囲は、時にまったく把握できない事があるので、このお義父さん、ケネスとコンタクトをとりあって、子供達の行動をひそかに監視していたのです。
そこへ入り込んだのがJの実のお母さん、ケネスの元妻です。彼女は一緒に住んでいないのに、いつも子供を遠隔操作しています。最近、Jの行動がおかしいと、なんと、警察をJの住む家に送り込んだのです。彼が麻薬をやっているのでは!という名目で。これに怒ったのがJと義父のケネス。お母さんも加わって、大喧嘩になり、彼はウチを飛び出し、しかも車は母親に没収されてしました。Jはまず近所の友達の家に行きましたが、ウチの長男ももちろんそこに加担。息子から我が家に、「Jのピンチなんだ。ウチにつれて帰ってもいいかな?」と電話がありました。私は、
「明日は学校。Jを学校に送り届け(※彼は違う高校)、自分もちゃんと学校に行くのならいいわよ」という条件付で承諾しました。次の日はちゃんと6時に起き、任務を遂行しました。Jはその後、おじいちゃんの家に行き(息子が学校に迎えに行き、送り届けました)その後、やはり継父のケネスのところに戻りました。母親の所には、絶対に行く気はないようです。
もう一人、Jと長男の共通の友達、Kというのがいます。彼も家庭でいざこざがあり、なんと彼の両親はある日突然Kの通う学校に転校届けを出し、テネシーにある子供の施設(教育キャンプ)に送り込んでしまいました。クリスマス目前の出来事でした。それから1ヵ月後、これまた突然、今度はペンシルベニアにある寄宿舎に送られてしまいました。これらはこのKの弟から入った情報で、実の弟でさえ、兄の居所が分からない状態なのだそうです。この両親、サッカー部の集まりで話した事がありますが、両親揃って大学教授の凄い厳格な夫婦でした。Jの家も、Kの家も、金銭面の問題がない家庭のようで、お金は幾らでも出す…、という家庭の様です。ここがミソ…
私はこういう、『自分で子供の手が負えなくなったから、誰かに託す』的な発想はどうかな?と思います。もしくは「学校の先生が悪い、付き合っている友達が悪い」というのもおかしいと思います。すべては自分の子供のしでかした事、突き詰めれば、その子を育てた自分の責任だと思うからです。悪い子と一緒に居るのなら、それをひきつける子供にも責任があるし、学校の先生に目を付けられるのならば、そういう要素を持っているからだと思うからです。私の友達が以前、子供の成績が悪くなり、先生を責めた事があります。どうしてもギムナジウムに固守したがった彼女は、息子を寄宿舎に移しました。しかし、半年経って、彼の居ない生活に我慢し切れなかった彼女は、彼をまた元の学校に呼び戻しました。それから今まで、彼に何かをやり遂げた、乗り越えたという達成感はまったくありません。今年も留年のようです(※ドイツでは留年はちっとも珍しくありませんから)
ウチの長男は、いままでいろんな事をしでかしました。彼は正に、『間違った時間に間違った場所に居る』タイプで、他の子がしでかしても見つからなかったり、お咎めがなかったのに、息子はバッチリと捕まる…というタイプです。彼自身、「アンフェアだ!」とかいいますが、私はコレでいいと思っています。間違えを起こして、ペナルティを与えられないで大人になるのは怖いからです。痛い思いを推奨するわけでは決してありませんが、そういう天罰の様なものを受けているうちはまだマシ…、と思うのです。そして、壁にぶち当たり跳ね返されても、今なら私達が助けてあげられる。間違えた道に入っていったら、引きずり出すのはまだまだ私達の役目だから、とも思っています。ただし、私も夫も子供と一緒に成長しているので、間違った選択をする時もあるし、即決できないときもあります。(長男はいつも無理難題を突然吹っかけてくるので、決断に困る事があります)
しかし、子供が信用できなかったり(※これは私もたまに陥ります)、またはこういう理由で処罰的に寄宿舎に入れてしまうのはどうか?と思います。子供が悩んでいるのなら、一緒になって悩み、ぶつかり合うのが家族だと思うのです。
進む道を変えてあげる決断を下すのが正しい時もありますが、とりあえず今の状況から逃げない、乗り越えてみる事を教えるのも大事だと思います。私と夫がこれまで子供達に対して取った行動が、果たして良かったのか、間違っていたのか…、答えはうんと後に出てきます。ああすればよかった、こうすればよかった…と思う日が来るかもしれません。
ドイツでは、「Kleine Kinder kleine Sorge, grosse Kinder grosse Sorge/小さい子供は小さな心配、大きな子供は大きな心配」という言葉があります。子供の成長とともに、心配事も比例して大きくなる…って事です。そして、子供と同じように、親も成長していくのです。
なんで3人も子供作っちゃったかなぁと、今となっては後の祭りの私達なのでした…。
そこへ入り込んだのがJの実のお母さん、ケネスの元妻です。彼女は一緒に住んでいないのに、いつも子供を遠隔操作しています。最近、Jの行動がおかしいと、なんと、警察をJの住む家に送り込んだのです。彼が麻薬をやっているのでは!という名目で。これに怒ったのがJと義父のケネス。お母さんも加わって、大喧嘩になり、彼はウチを飛び出し、しかも車は母親に没収されてしました。Jはまず近所の友達の家に行きましたが、ウチの長男ももちろんそこに加担。息子から我が家に、「Jのピンチなんだ。ウチにつれて帰ってもいいかな?」と電話がありました。私は、
「明日は学校。Jを学校に送り届け(※彼は違う高校)、自分もちゃんと学校に行くのならいいわよ」という条件付で承諾しました。次の日はちゃんと6時に起き、任務を遂行しました。Jはその後、おじいちゃんの家に行き(息子が学校に迎えに行き、送り届けました)その後、やはり継父のケネスのところに戻りました。母親の所には、絶対に行く気はないようです。
もう一人、Jと長男の共通の友達、Kというのがいます。彼も家庭でいざこざがあり、なんと彼の両親はある日突然Kの通う学校に転校届けを出し、テネシーにある子供の施設(教育キャンプ)に送り込んでしまいました。クリスマス目前の出来事でした。それから1ヵ月後、これまた突然、今度はペンシルベニアにある寄宿舎に送られてしまいました。これらはこのKの弟から入った情報で、実の弟でさえ、兄の居所が分からない状態なのだそうです。この両親、サッカー部の集まりで話した事がありますが、両親揃って大学教授の凄い厳格な夫婦でした。Jの家も、Kの家も、金銭面の問題がない家庭のようで、お金は幾らでも出す…、という家庭の様です。ここがミソ…
私はこういう、『自分で子供の手が負えなくなったから、誰かに託す』的な発想はどうかな?と思います。もしくは「学校の先生が悪い、付き合っている友達が悪い」というのもおかしいと思います。すべては自分の子供のしでかした事、突き詰めれば、その子を育てた自分の責任だと思うからです。悪い子と一緒に居るのなら、それをひきつける子供にも責任があるし、学校の先生に目を付けられるのならば、そういう要素を持っているからだと思うからです。私の友達が以前、子供の成績が悪くなり、先生を責めた事があります。どうしてもギムナジウムに固守したがった彼女は、息子を寄宿舎に移しました。しかし、半年経って、彼の居ない生活に我慢し切れなかった彼女は、彼をまた元の学校に呼び戻しました。それから今まで、彼に何かをやり遂げた、乗り越えたという達成感はまったくありません。今年も留年のようです(※ドイツでは留年はちっとも珍しくありませんから)
ウチの長男は、いままでいろんな事をしでかしました。彼は正に、『間違った時間に間違った場所に居る』タイプで、他の子がしでかしても見つからなかったり、お咎めがなかったのに、息子はバッチリと捕まる…というタイプです。彼自身、「アンフェアだ!」とかいいますが、私はコレでいいと思っています。間違えを起こして、ペナルティを与えられないで大人になるのは怖いからです。痛い思いを推奨するわけでは決してありませんが、そういう天罰の様なものを受けているうちはまだマシ…、と思うのです。そして、壁にぶち当たり跳ね返されても、今なら私達が助けてあげられる。間違えた道に入っていったら、引きずり出すのはまだまだ私達の役目だから、とも思っています。ただし、私も夫も子供と一緒に成長しているので、間違った選択をする時もあるし、即決できないときもあります。(長男はいつも無理難題を突然吹っかけてくるので、決断に困る事があります)
しかし、子供が信用できなかったり(※これは私もたまに陥ります)、またはこういう理由で処罰的に寄宿舎に入れてしまうのはどうか?と思います。子供が悩んでいるのなら、一緒になって悩み、ぶつかり合うのが家族だと思うのです。
進む道を変えてあげる決断を下すのが正しい時もありますが、とりあえず今の状況から逃げない、乗り越えてみる事を教えるのも大事だと思います。私と夫がこれまで子供達に対して取った行動が、果たして良かったのか、間違っていたのか…、答えはうんと後に出てきます。ああすればよかった、こうすればよかった…と思う日が来るかもしれません。
ドイツでは、「Kleine Kinder kleine Sorge, grosse Kinder grosse Sorge/小さい子供は小さな心配、大きな子供は大きな心配」という言葉があります。子供の成長とともに、心配事も比例して大きくなる…って事です。そして、子供と同じように、親も成長していくのです。
なんで3人も子供作っちゃったかなぁと、今となっては後の祭りの私達なのでした…。