二年半前、子育ての悩みと生きづらさを解消したくて、インナーチャイルドケアの講座を受けていた。教わったとおりのやり方でインナーチャイルドケアをこん詰めてやって、やり尽くした頃だったと思う。
当時4歳の息子の状態は変わらずで、毎日、息子と家の中に缶詰状態で、キツイ状況はほとんど変わってなかった。そんなある日、出社する前の夫が子供を見ててくれる間、急いで食材を買いにスーパーに行った。つかの間のひとり時間で、いつもなら嬉しいはずの時間だったけど、その日は気持ちが落ちて落ちてどうしようもなかった。そしたら、自分の中から「軽くなりたい」って声が聞こえた。腹の底の方から、絞り出すような声。こんな経験は初めてだった。
今、考えたらそこが大きなターニングポイントだった。
軽くなるために、わたしはそれまで完全にナシにしてた領域に、情報を探しに行くようになった。
それは、スピリチュアルな領域だった。なぜ完全にナシの領域だったかというと、私が育った環境は、母がある宗教に熱心で、わたしは生まれてからずっと週2ペースで教会に通い、そこの価値観に浸った状態で生きていた。スピリチュアルなことは、その宗教的な教えに反する部分がたくさんあって、だから、情報に触れること自体ご法度だった。闇堕ちの入口みたいだった。
だけど、自分の深い深いところから上がってきた「軽くなりたい」という叫びに、もう四の五の言ってられなくなった。
それまで、それ系は一切合切シャットアウトしてたから、知らなさ過ぎて、スピリチュアルもオカルトも同じように捉えてた。だけど、あるブログで紹介されてたリンクのYouTubeをみたら全然違ってた。
そのスピリチュアル系の発信の内容はすごく明るく軽やかで、わたしがそれまでイメージしてたものと、まったく違ってた。
それでも最初は怖々みてた。今まで宗教の中で聞いてきたことと真逆な部分や、全然違うこともたくさんあった。「そんなこと言ってはダメ、思うだけでもダメ」みたいにされてたこともあった。わたしはこれ聞いてて大丈夫なんだろうか、、、という気持ちになることも多々あった。
突然、「引っかかったな!」ってデビルマンが出てきて、闇堕ち、地獄行きが確定されるんじゃないかという妄想までわいてきた。
それでも、いっぱい見ていっぱい聞いた。
怖さもあったけど、結果的に何も起きなかった。完全に大丈夫だった。
その後もたくさん、自分にしっくりくるスピリチュアルの発信を見たり聞いたりした。それで、どんどん楽になっていった。それまで絶対だと思ってたことが絶対じゃなかった。どんどん意識が広がって、固定観念がとれて軽くなっていった。自分の心が軽くなるにつれ、少しづつ家族の状態も良くなっていった。
津留晃一さんの言葉にこういうのがある。
「自分を愛する」とは「自分の意識を広げること」
それまでナシだった部分に手を伸ばしたら、意識が広がって、生きづらさがどんどん解消していった。意識を広げるって自分を愛することなんだなって実感した。