モーツァルトのピアノ協奏曲20番です。極端なセッションになっています。

 

ルフェビュールは、珍しいカデンツァを採用。楽団は、その呼吸に寄り添っています。ベルリン・フィルです。

 

全体の印象を基礎づけているのは、テムポの制御です。ソリストと指揮者とのあいだで事前に打ち合わせたのでしょう。

 

歴史的録音となりました。

 

フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルです。

 

これは、現代の録音では軽やかな華やかな音になること必定の曲なのです。しかし、本録音は、1949年のもので、オケの部分が、あるところはかっちりと、あるところはベタベタとしていて、器楽演奏の2人の掛け合いに近く遠くからみながら、少し全体の調和を重くしています。

 

でも、これは達人たちの記録なのですね。ダグマル・ベラについては情報なしです。パウル・バドゥラ=スコダについては、生前、間近で演奏に接する機会が一度だけありました。

 

弾き手(ピアニスト)の主体性を維持するのには、例えば、フルトヴェングラー自身によるバッハのブランデンブルクの3&5番の弾き振りの録音がありました。このとき、実現されたものが、指揮者及び楽団によるサポートにおいて、どのような音を構成するか、です。

ショーン・コネリー、吹替の若山弦蔵の両氏が亡くなっておいででした。

それにしても、実際のエリオット・ネスの生涯は、悲惨な感じですね。

この映画は、いたるところに映画の文法が駆使されていて、わかりやすかったです。