うちゅうのとけいがそこにあってもうちゅうのとけいにとけいをあわせなければあわせていないとけいはうちゅうのとけいとはべつのとけいです。けれどもこの2つのとけいがけっきょくおなじとけいであることがわかればとけいのあいだのちがい、つまりはりのながさとかいろとかもじばんとかそうちとかそうちのだすおととかは、むししてよいようそになります。さて、このようにあることがわかればむししてよいようそをとりのぞくと、ほんとうにたいせつな「おなじ」であることとはなんであるのかがわかります。しかしその「おなじ」であることのうつくしいあるいはもうしぶんのないせつめいにせいこうしたひとはまだだれもいません。

月をあとにしたうちゅうどけいの白いとりは、きょうもきょうとてうちゅうをあちらこちらにとんでいます。「ねえカメくん。」とうさぎくん。「なんだい?」「いっつもイチゴをたらふくたべているけど、イチゴってどんなところでとれるのかなあ。」こうさぎがせつめいします。「ウェピオンかくのうざんか、です。」「それ、どういういみ?」とうさぎくん。「ピーターしょちょうがいってました。ベルギーかにほんのイチゴがおいしいんですって。それで、ウェピオンか久能山。」「へええ。」とカメくんがかんしんしています。「いってみよう。ついでにビデオにとっときたいね。」いまは8月、いちどうまなつのにほんにとんでいきます。「あれ?いりぐちのフェンスがしまっている。はりがみがしてある。『いちごがりは12がつから5がつまで』だって。」「ひええ、じゃあ、いまはみられないよ。」みんながっかりしました。がっかりついでに、しずおかからかまくらへ。えきまえのおいしいおかしやさんにいって、イチゴがのっているケーキとイチゴがたくさんはいっているパフェをおなかいっぱいたべました。これでいいや。(つづく)


「ところでね。」とうさぎくん。「どうもちきゅうじゃね、ぼくらがおもちをついているのが、カニさんにみえたり、おんなのひとのすがたにみえたりするひともいるんだって。」「そりゃあまた。」としんじんうさぎくん。「いけないね。ちゃんとしたぼうえんきょうつかわなきゃね。」「そうですね。」「うさぎとカニじゃ、ぜんぜんちがうよ。」「どうなっているんですかね。」「おもちのたべかたがたりないんだよ。きっと。」「それはそうかもしれませんね。」「だめだよ。おもちたべなきゃあ。げんきもでないしね。」「いかにもそうですね。」「なんのためにわざわざ月まできておもちついてんのかわかんないじゃない。」「ほんとだ。」もちはもちや。おなかまどうしでふんがいしています。カメくんがていあんします。「これから、ちきゅうにでかけたときには、おもちをくばろうよ。」「それはいいかんがえだ。」とうさぎくん。「でもやたらにというわけにもいかないから、どうだろう。あたらしくおうちができたところにくばっては。」「そうしよう。」とうさぎくん。こんなやりとりがあってからというもの、あたらしいおうちのむねあげのときにはどこからともなく空からおもちがふってくるようになったのです。(ときどきおかねもはいっています。)(つづく)